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しばらくの間、手の中の画面を見つめていたが、慧はまだ会話をしてくれるつもりはないらしい。敬梧が諦めてスマホを置こうとすると、ぴこんと通知音が聞こえた。
それは、1ヶ月ぶりくらいの斉木からの様子窺いだった。『慧もお前も元気か?』前回は本人に直接聞けばいいのにと思ったが、ある思いつきからおそるおそる返信した。『どうして俺に聞くんですか?』案の定、すぐに電話がかかってきた。
敬梧は、怒声も覚悟して電話に出た。
「おい、何かあったのか?」「どうして何かあると思ったんですか」「おい、なんのつもりだ。ケンカ売ってるのか?」「慧さんのことが知りたいんです。お願いします。教えてください」
敬梧の声が震えていることに、斉木も気がついたのだろう。大きく息を吐いて「ちょっと長くなるぞ」と前置きした。
斉木が慧と友だちになったのは、中学に入って1ヶ月くらいの頃だという。腹痛をおこした彼を、保健室に連れていったことがきっかけらしい。
「弁当の時間に牛乳を3本飲んだって言うからさ、いくら好きでも飲みすぎだろって言ってやったんだ」
その時のことを思い出しているのか、斉木の言葉に呆れたような調子が混ざる。
「別に好きじゃないけど、大きくならなきゃいけないから」
慧はベッドの上でお腹を丸めるように横になっていた。
「大きくなりたい、ではなくて? 目標があったってことですか?」
「俺も気になったけど、苦しそうだったから聞けなかった」
後日、元気になった慧にあらためて聞いたところ、「制服が、ブカブカなんだ。きっと僕に『このくらい大きくなってほしい』って思ってるんだよ」と返された。
敬梧には、慧の言葉の真意がわからなかった。当時の斉木もそうだったのだろう。
「そのときは、変なこと言うやつだなって思った」
慧はその頃も『よく笑う明るい性格の人間』だと周囲に認識されていた。もちろん斉木もそう思っていた。
どんな話の流れかは忘れたが、あるとき「おまえ嫌なこととか、ないのかよ」と聞いてみた。
「だって僕は、楽しくしていなくちゃいけないから」
「いつものにこにこ顔で言われて『はぁ?』てなった。無理して笑ってんのかって」
「慧さんは、なんて?」
「『みんなが笑顔でいてねって言うから』って言ってた。たぶん、親や先生の言葉を鵜呑みにしたんだろうな。俺が、無理してまで笑わなくてもって言っても、やっぱり、にこにこしてた」
敬梧の脳裏に花のような笑顔が浮かぶ。あれは、無理をしていたのか……。
「それからだんだんと、あいつは、つらい事があっても自分からは話さないってわかってきた」
幼いときのように、やはり、慧を異端視する人間がいたようだ。
「いやらしい言葉をかけてくる奴もいて。俺は見ないふりできなかったから、あいつの横で威嚇してやった」
中学生の斉木が、敬梧に向けたような表情をしているのが想像できた。
「自慢じゃないが、俺はガタイがよくて運動とかも得意だったから。俺が一緒だと、面と向かっては言えないからな」
「慧は『ありがとう』って笑ってて。俺は、笑わなくてもいいとは、言えなかった」
以来、斉木と慧の友人関係は変わらず続いているらしい。
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