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「で? 何があったんだ?」
斉木が、先ほどまでとは打って変わった調子で聞いてきた。敬梧は空いている方の手を、ぐっと握りしめる。
「慧さんを……傷つけてしまいました」
「詳しく話せ」
大声が返ってくると思ったが、意外にも、敬梧の言い訳を聞いてくれるようだ。
「俺、慧さんをデートに誘ったんです。それで、楽しそうにしてくれたのを、勘違いしました」
「勘違い?」
「俺のこと受けいれてくれそうな気がしました。それで、告白して、キスを迫りました」
「無理矢理したのか?」
「押し返されました。そのあと、慧さんから『しばらく会わない』って言われて、それきりになりました」
「いつのことだ?」
「2週間前です。謝りたくてメッセージも送ったんですが、返事はもらえてません。俺、ほんとうに酷いことしたって反省してます。友だちには戻れなくても、慧さんが笑ってくれるなら、何でもしたいって思ってます」
敬梧が一気に話すのを、黙って聞いていた斉木が電話のむこうで吐息をついた。
「おまえを喜ばせてやる義理はないが、俺はすぐに行ってやれないから、教えとく」
「なんでしょう……」
敬梧は、斉木の口調が再び変わったのを感じた。
「連休中に慧がこっちに来てたのは知ってるな?」
「ご両親や斉木さんと遊んできたって聞いてます」
「引っ越しの手伝いをしてくれたんだよ。俺が転勤することになったから」
慧の実家は、現在暮らしているアパートからは車で30分ほどの距離で、斉木の家はすぐ近くらしい。転勤を打診された斉木は、結婚して夫婦で転居したいと会社に掛け合い、入籍後の転勤となったそうだ。
「で、荷造りから荷解きまで手伝ってくれたんだけどな。慧がなんだか、そわそわしてるから、どうした? って聞いた」
「はい」敬梧には、話の先がさっぱり見えない。
「そしたらさ『斉木は、瑠璃ちゃんを』あっ、瑠璃は俺の嫁ね」
「はい」
「『瑠璃ちゃんのことを好きって、どうやって気づいた?』って質問してきたんだ」
「えっ? 好き?」
「慧はいつも愛想がいいが、人付き合いには慎重で、これまで恋人がいたことはない。高校を出てからは独り暮らしだけど、自分の家に誰かを呼んだこともないはずだ」
「ひとりも?」
「コンビニで会ったとき、俺が気をつけろって言ったのは、慧が、おまえのことを気にしてたからだ」
「俺は慧に言ってやった。好きに手順も基準もない。そいつのことを考えてうれしくなるんだったら、好きってことなんじゃないかって」
「それって、もしかして」
「慧は、今までに見たこともないくらいに、うれしそうに笑ってた。おまえの、勘違いじゃなかったってことだろうな」
斉木の言葉は、にわかには信じがたい。それならどうして、2週間も連絡すらくれないのか。考え込む敬梧の耳に、さらに低めた声が聞こえてくる。
「慧が今までに隠し事をしたのは、トラブルに巻き込まれたときだけだ。あいつは、面倒なことは一人で抱えちまうやつだ」
「おまえが、俺の想像以上のヘタレでなければ、慧に会いにいってくれ。それで、もし慧が照れて連絡しなかったのなら、おまえ自身が頑張れ。でも、もしも何かよくないことがあれば、すぐに俺に連絡してくれ。頼む」
決して大げさではなく、本気で心配していることが伝わり、敬梧もつばを飲み込んだ。
明日は敬梧の休日だ。慧が仕事を終えて帰宅するのを待っていようと決めた。
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