7.解けないときは、

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「で? 何があったんだ?」  斉木が、先ほどまでとは打って変わった調子で聞いてきた。敬梧は空いている方の手を、ぐっと握りしめる。 「慧さんを……傷つけてしまいました」 「詳しく話せ」  大声が返ってくると思ったが、意外にも、敬梧の言い訳を聞いてくれるようだ。 「俺、慧さんをデートに誘ったんです。それで、楽しそうにしてくれたのを、勘違いしました」 「勘違い?」 「俺のこと受けいれてくれそうな気がしました。それで、告白して、キスを迫りました」 「無理矢理したのか?」 「押し返されました。そのあと、慧さんから『しばらく会わない』って言われて、それきりになりました」 「いつのことだ?」 「2週間前です。謝りたくてメッセージも送ったんですが、返事はもらえてません。俺、ほんとうに酷いことしたって反省してます。友だちには戻れなくても、慧さんが笑ってくれるなら、何でもしたいって思ってます」  敬梧が一気に話すのを、黙って聞いていた斉木が電話のむこうで吐息をついた。 「おまえを喜ばせてやる義理はないが、俺はすぐに行ってやれないから、教えとく」 「なんでしょう……」  敬梧は、斉木の口調が再び変わったのを感じた。 「連休中に慧がこっちに来てたのは知ってるな?」 「ご両親や斉木さんと遊んできたって聞いてます」 「引っ越しの手伝いをしてくれたんだよ。俺が転勤することになったから」  慧の実家は、現在暮らしているアパートからは車で30分ほどの距離で、斉木の家はすぐ近くらしい。転勤を打診された斉木は、結婚して夫婦で転居したいと会社に掛け合い、入籍後の転勤となったそうだ。 「で、荷造りから荷解きまで手伝ってくれたんだけどな。慧がなんだか、そわそわしてるから、どうした? って聞いた」 「はい」敬梧には、話の先がさっぱり見えない。 「そしたらさ『斉木は、瑠璃ちゃんを』あっ、瑠璃は俺の嫁ね」 「はい」 「『瑠璃ちゃんのことを好きって、どうやって気づいた?』って質問してきたんだ」 「えっ? 好き?」 「慧はいつも愛想がいいが、人付き合いには慎重で、これまで恋人がいたことはない。高校を出てからは独り暮らしだけど、自分の家に誰かを呼んだこともないはずだ」 「ひとりも?」 「コンビニで会ったとき、俺が気をつけろって言ったのは、慧が、おまえのことを気にしてたからだ」 「俺は慧に言ってやった。好きに手順も基準もない。そいつのことを考えてうれしくなるんだったら、好きってことなんじゃないかって」 「それって、もしかして」 「慧は、今までに見たこともないくらいに、うれしそうに笑ってた。おまえの、勘違いじゃなかったってことだろうな」  斉木の言葉は、にわかには信じがたい。それならどうして、2週間も連絡すらくれないのか。考え込む敬梧の耳に、さらに低めた声が聞こえてくる。 「慧が今までに隠し事をしたのは、トラブルに巻き込まれたときだけだ。あいつは、面倒なことは一人で抱えちまうやつだ」 「おまえが、俺の想像以上のヘタレでなければ、慧に会いにいってくれ。それで、もし慧が照れて連絡しなかったのなら、おまえ自身が頑張れ。でも、もしも何かよくないことがあれば、すぐに俺に連絡してくれ。頼む」  決して大げさではなく、本気で心配していることが伝わり、敬梧もつばを飲み込んだ。  明日は敬梧の休日だ。慧が仕事を終えて帰宅するのを待っていようと決めた。  
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