7.解けないときは、

4/6

80人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 翌日、敬梧はせっかくの休日を、落ち着かない気分でやり過ごした。  午前中は家事でごまかせたが、午後にはもう時間を持て余した。趣味の読書にも没頭できず、とうとう分厚い辞書を引っ張りだしてみる。気になった一文字を引いて、そこから関連語句などを次々と引いていくのだ。ごくまれに、もとの文字に戻ったりするのが面白い。敬梧が、何も考えたくないときにするひとり遊びだった。 「やっぱり俺、性格暗いかも」    慧が帰る前に二人分の夕飯を準備しようかとも思ったが、最悪の結果を考えてやめた。 「今日、慧さんにふられたら、そのメニューは二度と作れないだろうな」  どこまでもネガティブ思考なのだ。  そんな無為な時間を過ごしていても、やはり気になるのは、昨夜の斉木の言葉だった。 「ヘタレの尻を叩くために言うが、慧はそっちに帰るとき、ものすごくうれしそうだった。だけど、もしドアを開けないようだったら、斉木が気にしてるからって言えばいい」    どういうことかと訝しむと、慧さんは前の職場を突然辞めたときも、誰にも相談しなかったらしい。あきらかにやつれた顔をしながら、それでも笑おうとするので斉木が問い詰めると、対人関係のゴタゴタを匂わせたそうだ。 「けっきょく、何があったか詳しい話は教えてくれなかった。もう済んだことだからと。だから今回も心配してる」  敬梧は、ふたりの関係性を妬めなかった。   「それほど、俺は慧さんのことを知らないんだ」挫けている場合ではない、と自分を叱咤する。慧がこれまでに見せてくれた笑顔は、決して作りものではなかった。そのことを、誰よりも敬梧が信じて、証明したかった。    いつの間にか窓の外では、梅雨入り前の曇り空が色を変えていた。  そろそろ慧が帰ってくる時間だ。  ドアの前で待つのはさすがにやり過ぎだろうと、じりじりした気分でいるとどこかから声が聞こえた気がした。  胸のざわつきを覚えた敬梧は、スマホを手に玄関のドアを開ける。 「離してください! やめて!」    間違いなく慧の声だった。  
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加