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翌日、敬梧はせっかくの休日を、落ち着かない気分でやり過ごした。
午前中は家事でごまかせたが、午後にはもう時間を持て余した。趣味の読書にも没頭できず、とうとう分厚い辞書を引っ張りだしてみる。気になった一文字を引いて、そこから関連語句などを次々と引いていくのだ。ごくまれに、もとの文字に戻ったりするのが面白い。敬梧が、何も考えたくないときにするひとり遊びだった。
「やっぱり俺、性格暗いかも」
慧が帰る前に二人分の夕飯を準備しようかとも思ったが、最悪の結果を考えてやめた。
「今日、慧さんにふられたら、そのメニューは二度と作れないだろうな」
どこまでもネガティブ思考なのだ。
そんな無為な時間を過ごしていても、やはり気になるのは、昨夜の斉木の言葉だった。
「ヘタレの尻を叩くために言うが、慧はそっちに帰るとき、ものすごくうれしそうだった。だけど、もしドアを開けないようだったら、斉木が気にしてるからって言えばいい」
どういうことかと訝しむと、慧さんは前の職場を突然辞めたときも、誰にも相談しなかったらしい。あきらかにやつれた顔をしながら、それでも笑おうとするので斉木が問い詰めると、対人関係のゴタゴタを匂わせたそうだ。
「けっきょく、何があったか詳しい話は教えてくれなかった。もう済んだことだからと。だから今回も心配してる」
敬梧は、ふたりの関係性を妬めなかった。
「それほど、俺は慧さんのことを知らないんだ」挫けている場合ではない、と自分を叱咤する。慧がこれまでに見せてくれた笑顔は、決して作りものではなかった。そのことを、誰よりも敬梧が信じて、証明したかった。
いつの間にか窓の外では、梅雨入り前の曇り空が色を変えていた。
そろそろ慧が帰ってくる時間だ。
ドアの前で待つのはさすがにやり過ぎだろうと、じりじりした気分でいるとどこかから声が聞こえた気がした。
胸のざわつきを覚えた敬梧は、スマホを手に玄関のドアを開ける。
「離してください! やめて!」
間違いなく慧の声だった。
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