7.解けないときは、

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 慧が敬梧に支えられながら電話をかけると、10分ほどで1台のワゴン車がやってきた。車から慌てた様子で降りてきたのは、慧が働いている保育園の園長と、酔漢の妻だった。 「ちーちゃんの、お父さんなんだ」  敬梧に通報を留まらせたのは、その男が、慧を慕う園児の父親だったからだ。園長が後日、話し合いに立ち会ってくれることになり、今夜はひとまず帰宅することになった。  慧は怪我こそしていないが、部屋へ入ったとたん座りこんでしまった。心配した敬梧が、温かいミルクティーをいれる。蒼白だった頬に、ほんのりと赤みが戻ってきた。  敬梧は、慧の手にそっと触れてみる。 「まだ少し、指が冷たいですね。お風呂を用意してきます」 「敬梧、いろいろごめん」  敬梧の指を握りかえして、慧が視線を合わせてきた。揺れる瞳に、万感の思いがこめられているのが伝わる。 「今夜は疲れたでしょうから、またゆっくり聞かせてください。あ、でも、俺からの謝罪だけは聞いてください。あのときは、ほんとうにすみませんでした」  今夜の本来の目的を思い出し、頭をさげた。先ほど見た光景と己の行動が重なって、慧の怯えた表情とともに頭に浮かぶ。膝に置いた両手を、強く握りしめた。 「僕のほうこそ、ごめんね」  震える声が近づく気配がした。  顔をあげると、きらきらと光る瞳が目の前でゆっくりと閉じられる。敬梧の唇に柔らかなものが触れるのを感じた。  
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