8.言えないときは、

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「園の中のことは外では言えない」としぶる慧に「俺はもう当事者ですよ。尻餅ついたとき怪我でもしてたら、訴えられるかもしれない」と返す。 「えぇ! 僕のせいで敬梧に迷惑かけたくない」 「迷惑とは思いませんが、事情は聞いておきたいですね」  仕方なく慧が話し始めた。  連休中に、敬梧への恋愛感情を自覚した慧は、両親や斉木夫婦が醸しだす空気感に驚いた。 「好きな人と一緒にいられるって、もしかしてすごい幸運なのかもって思ったんだ」  様々なことを好きな人と共有してみたい。その欲求は、自然とそれまで目を背けていたことへも向いた。 「デートのときも、知識としては持ってたつもりだったけど、実際はびびっちゃって」    敬梧のことを好きだと思いながら、逃げ出してしまったことが、慧をぐらつかせた。自分の気持ちは、過去の言葉よりも軽いのだろうか。これでは敬梧に愛想をつかされてしまうのではないか。 「それでメンタルトレーニングですか。でもなんで全く会わないことに?」 「だって僕が敬梧に下心あるの、絶対バレちゃうから」    顔を見ずとも、赤面しているだろうと思える声だった。慧のトレーニングは敬梧にだけ向けられたものだから、当然、頭の中で敬梧を思い浮かべていた。ふたりでいる時にそんなことを思い出してしまったらと考えると、うっかり食事もできなくなった、というわけらしい。 「それで、あのお父さんは?」 「お迎えに来られると、敬梧のことを考えて、いつもよりはにこにこしたと思う」  顔かたちは違っても、本を好きな優しい雰囲気が敬梧を連想させた。会いたさもあって、つい「ちーちゃんもパパが大好きなんだよね」と話したことはある。最近、距離が近くなっている気がしていたが、個人的に相談に乗ってほしいと言われて、どうしようかと考えていた矢先のことだったらしい。 「でも、僕から何かを誘ったりしたことはないよ。それだけは絶対だから。もうそんなの懲り懲りだ」 「前にもあったんですか?」 「あっ」 「それも、誰にも話したことのないものですか?」  敬梧の言葉に、腕の中でこくりとうなずいたのがわかった。
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