1.知りたいときは、

2/3
80人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 それから二日後の土曜日。敬梧は勤務先の図書館カウンターで仕事に集中できないでいた。  ふとした拍子に、頭の中に保育士さんの笑顔が浮かぶ。ちなみに、あのときは保母さんだと思ったが、正しくは保育士さんと呼ぶべきだと帰宅してから気がついた。手をふってくれた女の子と笑いかけてくれた先生に、無愛想きわまりない態度をとった自分が情けなくて、昨夜は寝つきが悪かった。    あの日、二人が離れたあともベンチから園児たちの様子をちらちらと窺った。先生が4人と子どもは全部で10人くらいだったが、さとい先生の姿を無意識に目が追っていた。  ちょこまかと走り回る子どもに合わせて、すらっと細い身体が軽快に動く。前髪と顔の横の髪を後頭部で団子状にまとめていて、二重の瞳が楽しげに細められるのがわかった。はっきりとは聞こえないが、少し掠れていて優しそうな声をしていたと思う。ひとしきり遊ぶと、リアカーのような乗り物(お散歩カートという名称だと、あとで調べた)に、特に小さな子どもたちをひょいひょいと乗せていく。  賑やかな集団が公園を出ていくのを、敬梧はとっさに顔を伏せてやり過ごした。静けさがもどり、自分が息をひそめていたのだと気がついた。    そんなことを思い出していると、目の前のカウンターに利用者が立っている。慌てて意識を引きもどし、その後は余計なことを考える暇もなくなった。  バタバタとその日の仕事を終えた敬梧は、通勤にも使っている軽自動車で、自宅近くのコンビニに立ち寄った。店内調理もするその店は、疲れて自炊したくない日にはありがたい。寝不足気味で食べるよりも眠りたいが、翌日も仕事なので朝食用のパンや牛乳とゼリー飲料を物色する。栄養的にはどうだろうと、カゴの中を気にしながらレジへ向かう。ちょうどカップルが会計中のようだ。財布を手にした長身男性の隣で、店員がバーコードを読みとった商品を女性がマイバッグへ入れている。  聞き耳を立てているわけでもないのに、後ろに並んだ敬梧にまで話し声が聞こえてきた。 「新婚なのにこんなとこ来てていいの」 「心配には及ばねえよ」 「急に来られても困るんだけど」 「お前が黙って引っ越したんだろうが」  痴話喧嘩か?秘め事を聞いているようで、なんだか気まずい。並び直そうかと隣のレジへ目を向けるが、こちらには明らかに酔った客がいて会計にもたついていた。敬梧があきらめて顔を戻した瞬間と、カップルがレジを離れるタイミングが重なった。  そこに予想外の人物を見つけて、一瞬動けなくなる。背の高い男の隣にいたのは、あの保育士さんだった。          
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!