9.泣きたいときは、

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 梅雨の中休みの日曜日。  窓からの日差しと少し掠れた声に、敬梧は気持ちよく眠りから覚めた。  会わない期間を経て、アクシデントに見舞われたことをきっかけに、過去を共有したふたりは、週末の夜を一緒に過ごすようになった。昨晩も敬語の部屋のベッドで眠りにつき、慧は休日にもかかわらず、朝食を用意して敬梧を起こしてくれるのだ。 「今日は、昼間に実家に行ってくる」 「あ、お父さんたちによろしく」 「うん、早く連れてこいって言われるだろうから、都合がついたらって伝えとく」  慧の両親は、敬梧のことをすでに認めてくれている。敬梧は、学校が夏休み期間に入る前に会いにいこうと休日を調整中だ。 「敬梧のご両親にも、いつか、ご挨拶できるといいな」 「うちは、父さんがうまいこと言ってくれてるから、気にしなくていいよ」  わざわざやってきた母親を帰らせたことで、断絶するかと思われた敬梧と両親の関係は、ここにきて、僅かにだが変化しつつあった。 「お父さんと、旅行に出かけたの」  母親から唐突に送られてきたメッセージには、近距離だが、夫婦で訪れた温泉旅館での写真が添えられていた。臆面もなく、手を繋いで写真に収まっている両親の笑顔に、驚きつつも、肩の荷を下ろしたような安堵を感じた。  その夜、敬梧は父親に電話をかけ、恋人ができたと報告した。「料理のうまい人らしいな」と返されて、どうして知っているのかと問うと「お母さんは友だちだと思ってるようだから、話を合わせておいた」と笑う。 「もしかして、まだ認めたくないのかもしれないから、しばらくは、そういうことにしておこう。俺とおまえの秘密ってやつだな」  父親の朗らかな声は、自立した息子との、ちょっとした思いつきを楽しんでいるようだった。  慧に見送られて家を出た敬梧は、仕事に向かう車の中で、自分がカーラジオにあわせて鼻歌を歌っていることに気がついていなかった。
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