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実家から戻った慧は、2晩続けて敬梧の部屋にいた。
「明日、仕事なのに平気なの?」
「ぎりぎりまで寝ちゃっても大丈夫なように、用意してある」
慧の体調は、大げさでなく子どもたちの安全につながる。真面目な慧は、休みあけの勤務には神経を使っている。
「今日、宝物を見つけたんだよ」
どうやらそれを敬梧に知らせたかったのかと、2歳年上の恋人を微笑ましく思った。
「じゃーん! 一つ目はこれ!」
慧が向けてくるスマホの画面には、少し古びた髪留めを撮影した写真があった。敬梧は詳しくないが、小学生くらいの女の子がパチンと前髪などを留めるようなやつだ。うきうきとこちらを見つめてくる瞳に、どう返せばいいのか思案していると「なんのことかと思った?」と言われてしまった。
「うん、髪留めだなとは思ったけど、慧さんの宝物だったの?」
「うちの母ちゃんの宝物なんだ。正確には、父ちゃんがプレゼントした、母ちゃんの宝物だね」
慧は、とても大切な物のように、スマホの画面に触れた。
「連休に帰ったときに、どうやってお互いに好きだって思ったの? って聞いたんだ」
慧は、斉木夫婦に聞いたことを、自分の両親にも聞いたらしい。
「父ちゃんは即答だったよ。小学1年生のとき、グラウンドで整列するのに、母ちゃんだけ、どうしてもまっすぐに並ばなかったんだって」
敬梧は、慧が用意してくれた晩ご飯を食べていたが、手を止めて聞き入っている。
「母ちゃんはその頃から、同級生よりも大きかったから、一生懸命、頭を低くしてたけど」
慧の母親は175cmの長身で、父親が160cmだと、以前聞いたことを思い出した。
「けっきょく、先生に注意されちゃって。でもやっぱりちょっとだけ列をはみだすから気になってあとで理由を聞いたんだって。あ、敬梧、ご飯食べて」
慌ててご飯をかきこむ。子どもの頃、母親からはたしなめられたが、そんな人は、ここにはいない。
「母ちゃんの足もとに、蟻がエサを運ぶ列ができてて、自分の運動靴が邪魔をしてしまうからって言ったって」
何だ、そのかわいらしい理由はと、敬梧ですら考えた。
「俺の真乃ちゃんは、最高にかわいいだろ? って父ちゃんが自慢してた」
自分の息子に、母親を自慢する父親を、大好きだと慧の表情が物語っている。
「で、ここからが今日の話なんだけど」
慧は、真顔にもどって話を進めた。
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