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「今日、母ちゃんがこれを見せてきて」と、先ほどの写真を指さした。
連休のときは「樹里くん、そんな昔のこと覚えてたの?」と照れていたが、その後、探してくれたようだ。
慧の両親は、今でも互いを名前で呼びあっている。『父ちゃん、母ちゃん』は父親の希望らしい。敬梧にはそれも新鮮な驚きだった。
「母ちゃんは、背が高いことを、ひどくからかわれたんだって」
小学校の高学年になると、男子児童からの心ない言葉に「大きくなりたくない」と食事を減らすほど気に病んだという。
「おばあちゃんに、ご飯はちゃんと食べなさいって叱られちゃった」当時を思いだしたのか、笑いながら母親は話した。
「樹里くんは、そのたびに私を守ってくれたよね」真乃に悪口を言う児童にケンカを仕掛けては、教師から怒られていたようだ。
それで悪口が止まるものかなと考えたのが顔に出てしまったのか「まぁそれも、ネタにされちゃうよね」と慧がこぼす。
敬梧は頷いて続きを待った。だがすぐに、聞いてもよかったのかと後悔することになる。
慧の両親が小6のとき、修学旅行前のオリエンテーションで事件が起きた。
「おまえも女風呂なのか」と、痩せて背の高い真乃を男子扱いする声があがり、それに同調して「男なのに髪伸ばしてるのか」と言い出した者がいた。真乃はきれいな黒髪をしており、それを母親に三つ編みにしてもらうのが好きだったそうだ。
樹里がふたりを相手にケンカをして、親が呼び出される騒動になった。男子3人はこっぴどく叱られ、真乃はその日のうちに母親に頼み、髪を短く切った。
数日後、樹里は『旅行先でケンカはしません』と約束して出発した。真乃をからかった男子も、教師に目をつけられておとなしくしていた。2泊3日の日程は無事終わった。
「次の日はお休みで家にいたら、樹里くんが訪ねてきて。玄関に立ったまま、お土産屋さんの紙包みを渡されたの」
うれしそうに話す母親の隣で、父親は目をそらしていた。
「これなら髪が短くても大丈夫だろ」
小さなリボン飾りのついた髪飾りを、どうやって買ったのだろうかと、母親は驚きに返事もできなかったそうだ。
「ちゃんと学校にも、つけてこいよ」
そう言って、玄関を出ていく背中に、ありがとうと返すだけで精一杯だったという。
「母ちゃんが思い出し泣きしてるのに、父ちゃんは『俺の愛を思い知ったか』とか言ってて」
「お父さん、ずっと、お母さんのことが好きだったんだね」
敬梧は、慧の優しさの起源を知った気がした。
「僕ね、ほんとに、ふたりの子どもでよかったって思ったんだ」
そう言って笑う慧の目にも、涙がきらきらと宝石のように光って、敬梧にとってはそれこそが宝物だと思えた。
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