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2.迷うときは、
友だちになったというのは、どうやらほんとうらしい。敬梧はスマートフォンに表示された慧の連絡先を不思議な気分でながめた。
たまたま公園で見かけて、なんとなく気になって、偶然にも隣に住んでいる2歳年上の……男性。
斉木から、見惚れていただろうと言われても反論はできなかったが、男だからなと念押しされて、なるほど違和感はなかった。
赤色のフード付きトレーナーの喉元やトレーニングパンツをはいて胡座をかいた姿は女性のそれとは明らかに違うものだ。自分のことも僕と呼んでいたし。しかし、くっきりとした二重の瞳に見つめられると、どきどきしてしまう理由はわからなかった。
日曜日も仕事だった敬梧に、慧からメッセージが届いている。「休みだからはりきってカレー作りすぎた、たすけて」
そうして二日続けて訪れた部屋は、同じ間取りなのに物が少なくてとても広く感じる。緊張していた昨夜と違い、敬梧にも周囲を見渡す余裕があった。手ぶらなのはどうかと考えて、コンビニで買った新商品のアイスを差しだす。あとで一緒に食べようね、と微笑まれるとまた鼓動が早まった。
食欲を刺激する香りが漂い、折りたたみテーブルに二人分の皿が並ぶ。敬梧は、いただきますと小さく言って頭をさげた。
大きめの野菜は煮込まれて柔らかく、鶏肉がほろほろとしている。スパイシーでおいしい。無言で口に運ぶ敬梧を、慧が期待と不安のこもった目で見ていた。
「スーパーで特売してたから今日はチキンカレーにしたんだけど……。敬梧のうちのカレーって何が入ってるの?」
「え……うち?」
顔をあげると、慧と目があう。名前を呼ばれてよけいに焦ってしまい、とっさに返事もできず、顔を赤らめてしまう。
「もしかして具が見えない系?」
「え、カレーにそんな系列あるの?」
困った顔をする敬梧の頭に、慧がぽんぽんと手を触れる。部屋に入ったときの余裕はすっかりなくなってしまった。
「ないない。大丈夫、カレーは何を入れてもおいしいからね」
少しかすれた優しい声に、敬梧は大好きな祖父の言葉を思い出した。
『ひとと関わるのはちょっと怖いけれどなぁ、じっと何もしないでおれば楽しいことも見えんから。ちょっとでも気になるなら、動いてみるといい』
引っ込み思案な自分に、何度もそう言ってくれた。その言葉に励まされて、いまの自分があるのだ。敬梧は慧の目を見返した。
「慧さんのうちのカレーって、いつもこんなにおいしいんですか?」
敬梧からの初めての問いかけに驚いたようだが、すぐに顔をほころばせた。
「うちはね、父ちゃんが休みの日に作るメニューで、毎回違う味になるんだ」
そんな家庭があるんだ、と思ったのが表情に出たのだろう。
「変でしょ?母ちゃんに楽させるんだ〜とか、本気で言う父親なの」
ちっとも変だとは思っていない顔で慧が言う。柔らかくうねった髪が顔をふちどって、表情がとても優しい。今日は顎くらいの長さで切り揃えた髪を、結ばないで耳にかけているようだ。細められた目が敬梧に向けられる。
「月に一回くらいだけどね、僕と二人で買い物も行ってカレー作るの。他は作れないから」
「具材も出来ばえも毎回違ってて。でもカレーは何を入れてもおいしいっていうのがうちの父ちゃんの持論だからね」
母親は絶対においしいって言うんだよ、と自分も小さな口いっぱいにカレーを頬張って「おいしい」とつぶやいた。
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