2.迷うときは、

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 斉木に向かっては、ぶっきらぼうな口調で話していたが、敬梧に対してのそれは、もう少し優しかった。  自宅に帰りベッドに入っても、慧の声や表情を思い出し、なかなか寝付けないでいた。  ふと、敬梧が最初の質問に口ごもってからは、二度と問いかけられなかったことに気がついた。  自分が返事に困るのを見かねたんだろうなぁ、と考える。両親の話をする彼はとても楽しそうだったが、ときおり窺うように敬梧を見つめた。  俺が話すのを、待っててくれたのかもしれない。  小さい頃からひとと話すのは苦手だった。祖父譲りの甲高い声をからかわれた経験もあって、自分から積極的に会話をするのが怖かった。母親から鼓舞されて息苦しいときは、祖父母が逃げ場になってくれた。そのうえで、やりたいことを頑張れるように背中を支えてもらったのだ。    慧さんに聞いてもらいたい、と思った。 「明後日の火曜日が休みなんですが、晩飯食べにきませんか」  勇気をだして送ったメッセージにすぐに返事が届く。 「仕事終わったら連絡するね!楽しみにしてる」  こんどは何を作ろうかと悩んで、やっぱり寝られそうになかった。  迷ったあげく敬梧が用意した食事は、一風変わったものだった。 「カチュー……です」  真っ赤な顔でテーブルに置いた皿には、ホワイトシチューとカレーが半々に盛られていたのだ。 「カレーとシチューだからカチュー?」 「はい……祖母が勝手に言ってただけですが」 「おいしそう!2倍楽しめる!いただきます」  言うが早いか、慧はスプーンを手にしてどちらから食べようか思案している。 「同じようなメニューになってしまってすみません」 「大丈夫。カレーは何を入れてもおいしいけど、毎日食べてもおいしいから。これは僕の持論ね」 「真ん中の混ざったところが、俺は好きなんです」 「どれどれ……わぁホントだ。マイルドになる。カレーは辛口?牛肉だね!シチューはチキン入ってる!もう、ご馳走じゃん」 「じゃがいもと玉ねぎはいっしょだから、お肉だけ別にしてるんです」 「ありがとう。うれしいなぁ。こんな手のこんだもの用意してもらって」  どんな反応が返ってくるかと、強ばっていた敬梧の肩からほっと力がぬける。すると、彼にしてはたいへんに珍しく、するすると言葉がでてきた。 「俺は性格も暗いし、友だちもなかなか作れなくて。連休があれば母方の祖父母のところへ遊びに行ってたんです」    慧が手を止めずに、目顔で続きを促す。敬梧は自分も食べながら話すことにした。 「母が東京の大学に進学して、その翌年には叔母さん、母の妹も、寄宿舎のある高校に進学して、それからは二人だけの生活だったそうです」  ふんふんと相槌をうちながら、慧はペットボトルのお茶をコップに注ぎ、敬梧にも手渡してくれる。 「俺が泊まりに行くと、いろんな話をしてくれました。あるとき祖母が、たったふたりなのに食べたいものが違うことがあるのよねぇ、って言ったんです。おじいちゃんはシチューが食べたくて、私はカレーの口だったって。だから両方作ったそうです。そうしたら、匂いにつられておじいちゃんがカレーも食べたそうな素振りをして」  慧が向ける共感のにじんだ表情が、敬梧を饒舌にする。 「おおらか過ぎる性格の祖母は、食べたくても言い出せない祖父に、こんなふうに盛り付けてだしたそうです」 「それは……おじいちゃんも驚いただろうね」 「とても喜んだそうです」  敬梧は、自分も食べてみたい、と祖母に作ってもらった日のことを思い出す。そのときのカレーはおそらく甘口だっただろうが、久しぶりの今日は辛口を選んだ。 「すっごく楽しいおじいちゃんたちだね」  慧の心からの笑顔が、敬梧の勇気を称えてくれた。    
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