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3.悔しいときは、
シフト制で勤務する敬梧と、日曜日と祝祭日が休みの慧とでは休日が重なることはめったにない。
「どちらかが休みの日には、一緒に晩ごはん食べようよ」
「買ってきたご飯でも、敬梧と食べるとおいしいから」
慧の提案に緊張したものの、笑顔を向けられれば、断るという選択肢はなかった。
お互いの部屋を行き来する付き合いは初めてだったが、意外と平気なのは隣同士の気安さも手伝っているのだろう。
特別なメニューもなく、他愛のない話をするだけの時間だが、敬梧の部屋に青田以外の友人がいるのは、ちょっと前には想像もできないことだった。
食事をしない日もベランダや駐輪場で姿を見かければ、声はかけずに会釈をした。慧の笑顔は、見たひとを元気にすると本気で思う。そのたびに、自分の鼓動が早くなる理由は、まだ調べていない。
ちなみに、慧は自転車で通勤している。保育園へは10分かからないそうだ。
「こんな近くにアパートが見つかってよかった。敬梧もいるしね」とにっこりしていた。
前に駐車場で見かけた車は斉木のものらしく、そして、どういうわけか斉木から敬梧のスマートフォンにメッセージが届く。「慧もおまえも元気か?」「元気です」そっけなく返しておいたが、なぜ自分に慧の様子を尋ねるのか、とは聞けなかった。
こどもの読書週間が近づいてきた。
展示の準備を手伝って疲れていた敬梧は、休日だというのに、昼過ぎにやっと起きだした。目覚ましのコーヒーを飲んでから、溜めてしまった洗濯に取りかかる。雑然とした部屋も片付け、久しぶりに掃除機を取りだした。慧から「今日はお迎えがスムーズ!もう帰るよ」と連絡がきたのは、風呂そうじを終えてぐったりしているときだった。
慌てて立ち上がり、冷蔵庫の中を確認する。扉を開けるまでもなく、ほとんど何も入っていないのは知っていた。前回スーパーで買い物をしたのは3日前で、今日は買い出しにいくつもりだったのだ。キッチンでぼんやりしているうちに慧が帰ってきてしまった。
「ごめんなさい……。買い物行けてなくて。ピザでも頼むから待っててもらえますか?」
「敬梧、忙しそうだったもんね。大丈夫、僕が作るよ。冷蔵庫見てもいい?」
「え、え、俺の順番だから!慧さんも仕事で疲れてるのに!」
敬梧の返事よりも早く慧の手が伸びていた。
「あ、焼きそばあるね。ベーコンと卵も賞味期限だから使っちゃおう。あ、ピーマンもキャベツもある」
粉末ソースのついた焼きそばは、具なしでもおいしいので買い置きしておいた。ベーコンと卵は、朝ごはん用に買ったが寝坊して残っている。ピーマンは色が変わっているし、キャベツはへなへなだ。食べても平気なのだろうか。
不安な気持ちの敬梧をよそに、慧は鼻歌まじりで調理を始めた。
ほどなく、テーブルの上に二人分の夕食が並ぶ。細切りにしたピーマンとベーコンが入った焼きそばには、半熟の目玉焼きがのっている。キャベツはザクザクと切られて、醤油とゴマ油がかかっていた。
「調味料とか揃ってるんだね。えらいなぁ」
敬梧は検索したレシピ通りにしか作れないので、調味料も半端に残りがちだ。褒められた気はしないが、とりあえずおいしい物ができたのでよかった、と思うことにする。
「すみません。俺、手際がよくなくて。今日は掃除と洗濯で力尽きちゃってました」
悔しいけれど認めるしかない。ひとり暮らしは7年目になるが、家事力はなかなか上がらない。
「でも頑張ってるよね。諦めずにちゃんとやろうとしてるの、すごいと思うよ」
慧が、こんな自分を認めてくれる。
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