3.悔しいときは、

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 慧は、目玉焼きの黄身を絡めながら焼きそばを食べる敬梧に満足そうだ。 「忙しいのはもう終わったの?」 「こどもの読書週間が始まるし、これからGWまでイベントもあるし、まだまだ」 「読書週間?ん?敬梧って何してるひと?」 「え?言ってなかった?あれ?」  利用者の話はできないし、職場の話題は自分の失敗談ばかりになりそうなので避けてきたが、勤務先くらいは伝えていたつもりだった。 「図書館に勤めてます」 「図書館?うわぁそれっぽい!」  慧が大きな目をさらに見開いた。 「部屋に本、いっぱいあるし!なんだか賢そうな仕事してるんだろうなぁって思ってた」 「別に賢くないよ。職場ではまだ注意受けるほうが多いくらいだし」 「そんなの僕だって同じだよ。あぁそうか」  何か思い当たったようだ。 「公園でそばにいた、ちーちゃん、パパに絵本を読んでもらうのが大好きなんだって。あのとき敬梧も本を持ってたでしょ?」 「あれ、ミステリーだよ?」 「そんなのちーちゃんにわからないよ。本を持ってる優しそうなひとがいたから、読んでもらえるって思ったのかもね」 「え……俺、優しそうには見えないと思うけど」 「優しそうな顔して笑ってたよ」  認めるのは悔しいが、慧の言葉が嬉しくて顔から火が出そうだった。 「無理はしょうがないから、しすぎないようにね」  帰り際の慧の声が、敬梧を落ち着かせてくれた。忙しさから呼吸の浅い日が続いていたが、その夜はぐっすりと眠ることができた。  この仕事を選んだのは選択肢がなかったという後ろ向きな理由からだった。教師だった祖父母に憧れて教員免許は取得したものの、採用試験は受けなかった。たまたま本好きな祖父の影響で司書講習を履修していたことが幸いしたのだ。  そんな敬梧だが、働くようになると、本との出会いに胸が高鳴った頃の気持ちがよみがえってきた。今は自分にできることを増やそうと、上司や先輩方の指導を受けている。知識不足などで落ちこむことは多いし、苦手なコミュニケーションも避けては通れない。  無理をしないではいられないことを、慧はわかってくれているのだろう。  そして、ばたばたしているうちにGWに突入した。  初日にあたる4月最後の土曜日、仕事を終えて帰宅した敬梧を、憮然と待ち受ける人がいた。 「お母さん!?どうしてここにいるの?」  少し疲れのにじむ顔でソファに座っていたのは、敬梧の母、絢子だった。
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