第一章

4/68
前へ
/369ページ
次へ
「ありがとうございます、お嬢様。  実は、孫の傷を町医者(まちいしゃ)()せてもいっかな良くならず、どうしたものかと困り果てていたのです」 「この薬でよくならなかったら、今度は医術師様に直接診てもらいましょう」 「本当にありがとうございます……!」  ジョンは何度も頭を下げた。 「お礼はいいの。  怪我が治ったら、お孫さんをお庭にまた遊びに連れてきてね」  エルサはそう告げて、マイアを(ともな)って(ゆう)歩道をふたたび歩き始める。 「今日の朝食のメニューは確か、カストル兄様のお好きなオーツケーキよね。  なら昼食は、ルイス兄様のお好きなフィッシュパイを焼こうかしら」  食事作りも、貴族の令嬢はどうやらしないらしい。  けれどこれもエルサの日常だ。 「ルイス様が大変お喜びになると思いますよ。  けれどそうなると、夕食はもうお一方(ひとかた)のお好みに合わせるべきですね。  でないと、テーブルの上のすべてのフォークを、木の枝に変えられてしまいますわ」  エルサはくすくすと笑った。 「そうね。  ロキ兄様にはよくよく注意を払っておかなくちゃ」 「僕なら、そうだな。  チキンのローストさえあれば、晩餐(ばんさん)(たく)がしっちゃかめっちゃかになることはないと約束するよ」  すぐ右横(みぎよこ)から声が掛かって、エルサはびっくりした。  寸前まで、そこには誰もいなかったからだ。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

601人が本棚に入れています
本棚に追加