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完全な部外者である由宇はさておき、青年がここまで敬われるとは、余程地位が高い人物なのだろうか。今までの態度からは想像出来ないが。
そんなことを考えながら、由宇は大人しく青年の後を歩いていた。
建物の奥へ入って行くごとに、すれ違う人もだんだん減っていくのが分かった。奥へ行こうとする者は表情が固く、奥から戻って来る者は早く立ち去りたいと言わんばかりに唇を引き結んで足早に去って行く。
何となく、皆何かを恐れているような、そもそも奥には近付こうとすらしていないように感じられる。
まさに今、由宇はその奥に向かっているわけだが、一体何があると言うのだろう。
やがて、青年が足を止めた。その頃には周囲に人は一人もいなくなっていて、由宇と青年の二人だけになっていた。
青年の目の前には、何やら重そうな、仰々しい扉がある。いかにも、この先には何かがあると思わせるような扉だ。
青年はその扉に手をかけ、ちらりと由宇を振り返り見た。
「長く歩かせてごめんね。この部屋に、君に会いたいって人がいるんだ。俺はその人に命じられて、君を探してたんだよ」
「”命じられて“? その方は貴方の上司ですか」
「まあね。その人から詳しい話があると思うから、とりあえず入ろうか」
そう言ってぐっと押した扉は、ギィィと古びた音を立てながら開いていく。途端、その向こうの空間から複数の視線が突き刺さった。
中は執務室のようで、壁や棚は落ち着いた色で統一されている。真ん中には来客用なのか、向かい合うように二つずつ椅子が並べられ、座られるのを待っている。
その両脇の壁際にはそれぞれ二人ずつ、青年と同じような軍服を着た男性が立っていた。手を後ろで組んで背を伸ばし、顔、または目だけを入って来た二人、特に由宇に向けている。
好奇心、疑心、警戒…………様々な感情が込められた視線が一気に由宇を射抜く。普通はそこで怯んでしまうものだが、当人は全く動じる素振りを見せず瞬きをして、正面から向けられている視線の主と目を合わせた。
四脚の椅子を挟んだ部屋の一番奥には書類が山積みになっている執務机があり、そこに壮年の男性が座っていた。
白髪が少し交じった髪は七三に分けられ、厳格そうな顔に刻まれた皺と幾つもの傷跡が、彼が過ごして来た年月を想像させる。
机上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せてじっとこちらを見る目は鋭く、本で読んだ大型の猛禽類を思わせた。
「…………」
「…………」
目を細め、無言で見合う由宇と男性。しかしそこにほのぼのとしたモノはなく、互いに見定めるような視線を向け合っている。さらに両者が無表情であることが拍車をかけ、この閉ざされた空間は重くのしかかるような威圧感に支配されようとしていた。
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