一章 男装の少女と不思議な軍人

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 と。 「――――いやあ、どうもすみません」  由宇の隣に立つ青年が発した、場違いなほどによく通る声が、その支配をいとも簡単に断ち切った。  由宇と男性ははちりと瞬き、同時に見えない緊張の糸がふつりと切れるのが感じられた。謎の重圧に圧倒されていたらしい壁際の軍人四人は、ほっと息を吐き出している。  そんな中、由宇の隣にいながら顔色一つ変えなかった青年は、笑みを浮かべたまま頬を掻いた。 「ノックをするのを今日も忘れてしまいました。いつまで経っても慣れなくてですね」 「……こっちはとうに慣れている。ノックはもうどうでもいいが、せめて声をかけてから扉を開けろ、遠田(えんた)」 「はい、心がけます」  了解しました、ではなく、心がける、という言葉を使ったあたり、直す気はそこまで無いのだろうなと由宇は思った。  それは男性も同じ気持ちだったようで、はあと大きくため息を吐いていたが、「それで」とすぐに話を切り替えにかかった。 「彼が、そうか?」 「ええ。少々時間がかかりましたが、間違いないかと思われます」  にこやかな青年の返答に頷いた男性は、再び由宇に目を向けた。厳格な雰囲気はそのままだったが、今度は先程のような威圧感は無かった。 「急に呼び立てて申し訳ない。私はこの部の責任者である加賀美(かがみ)だ」 「……こちらこそ、お初にお目にかかります、冴木由宇と申します」  すっと腰を曲げ、礼をすると、一つに結った髪の先がさらりと顔の横に垂れる。指の先から髪の一本まで洗練された美しい所作と丁寧な挨拶に、軍人たちは言葉には出さずに驚いていた。  顔を上げた由宇は、向けられた視線の色が微妙に変わったことに勘づき、僅かに首を傾げた。 「何か?」 「……いや、何でもない、失礼した。それではこちらも紹介しておこう。まず朝比奈(あさひな)」 「こんにちは、冴木くん」  男性――加賀美は首を振ると、この場にいる軍人たちの紹介を始めた。  最初に呼ばれたのは、由宇から見て左側の壁際に立つ、薄茶色の髪と瞳を持つ青年だ。彼は由宇の隣に立つ青年と同じくらいの年頃に見える。  爽やかな笑みを湛え、ひらりと手のひらを振っている様は誰かさんに似ているが、こちらはあまり胡散臭くは無い。 「次に田口(たぐち)」 「…………」  続いて、朝比奈の隣に立つ男性が無言で会釈をした。  青年よりも大柄で厳つい顔立ちの男性は、加賀美と同世代くらいに見える。 「それから笠原(かさはら)」 「ふん」  次に、右側の壁際に立つ青年がわざとらしく鼻を鳴らした。  こちらは小柄で、下手をすれば由宇より背が低いように見える。年齢もぎりぎり二十歳くらいで、あまり離れてはいないだろう。 「そして、本条(ほんじょう)」 「宜しく……」  最後に、笠原の隣に立つ青年が気だるげに手を上げた。  年は笠原と同じで二十歳くらいに見えるが、彼ほどは小柄でなく、平均的な身長である。よく見ると気だるげというより眠たげで、目元は半眼になっていた。
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