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と。
「――――いやあ、どうもすみません」
由宇の隣に立つ青年が発した、場違いなほどによく通る声が、その支配をいとも簡単に断ち切った。
由宇と男性ははちりと瞬き、同時に見えない緊張の糸がふつりと切れるのが感じられた。謎の重圧に圧倒されていたらしい壁際の軍人四人は、ほっと息を吐き出している。
そんな中、由宇の隣にいながら顔色一つ変えなかった青年は、笑みを浮かべたまま頬を掻いた。
「ノックをするのを今日も忘れてしまいました。いつまで経っても慣れなくてですね」
「……こっちはとうに慣れている。ノックはもうどうでもいいが、せめて声をかけてから扉を開けろ、遠田」
「はい、心がけます」
了解しました、ではなく、心がける、という言葉を使ったあたり、直す気はそこまで無いのだろうなと由宇は思った。
それは男性も同じ気持ちだったようで、はあと大きくため息を吐いていたが、「それで」とすぐに話を切り替えにかかった。
「彼が、そうか?」
「ええ。少々時間がかかりましたが、間違いないかと思われます」
にこやかな青年の返答に頷いた男性は、再び由宇に目を向けた。厳格な雰囲気はそのままだったが、今度は先程のような威圧感は無かった。
「急に呼び立てて申し訳ない。私はこの部の責任者である加賀美だ」
「……こちらこそ、お初にお目にかかります、冴木由宇と申します」
すっと腰を曲げ、礼をすると、一つに結った髪の先がさらりと顔の横に垂れる。指の先から髪の一本まで洗練された美しい所作と丁寧な挨拶に、軍人たちは言葉には出さずに驚いていた。
顔を上げた由宇は、向けられた視線の色が微妙に変わったことに勘づき、僅かに首を傾げた。
「何か?」
「……いや、何でもない、失礼した。それではこちらも紹介しておこう。まず朝比奈」
「こんにちは、冴木くん」
男性――加賀美は首を振ると、この場にいる軍人たちの紹介を始めた。
最初に呼ばれたのは、由宇から見て左側の壁際に立つ、薄茶色の髪と瞳を持つ青年だ。彼は由宇の隣に立つ青年と同じくらいの年頃に見える。
爽やかな笑みを湛え、ひらりと手のひらを振っている様は誰かさんに似ているが、こちらはあまり胡散臭くは無い。
「次に田口」
「…………」
続いて、朝比奈の隣に立つ男性が無言で会釈をした。
青年よりも大柄で厳つい顔立ちの男性は、加賀美と同世代くらいに見える。
「それから笠原」
「ふん」
次に、右側の壁際に立つ青年がわざとらしく鼻を鳴らした。
こちらは小柄で、下手をすれば由宇より背が低いように見える。年齢もぎりぎり二十歳くらいで、あまり離れてはいないだろう。
「そして、本条」
「宜しく……」
最後に、笠原の隣に立つ青年が気だるげに手を上げた。
年は笠原と同じで二十歳くらいに見えるが、彼ほどは小柄でなく、平均的な身長である。よく見ると気だるげというより眠たげで、目元は半眼になっていた。
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