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鎖国が終わり、文明開化によって異国の様々な文化がこの国にもたらされるようになって、数十年。この日本国は、大正の時代を迎えていた。
ここ、帝都も、路面電車が街中を走り回り、多くの人を吸い込んでは吐き出している。辺りを見回せば、洋装に身を包んだモダンガール、モダンボーイが街を闊歩し、淑やかな女学生たちがお喋りに花を咲かせている。
そんな中、華やかな街には一瞥もくれず、颯爽と歩く者が一人いた。
軽やかに下駄を鳴らしながら道を行くその者は、千草色の着物に鼠色の袴を纏い、艶やかな黒髪を一つに括っている。透き通るように白い肌にほっそりとした首元。薄い唇に、すっと通った鼻筋、長い前髪から覗く瞳は黒水晶のよう。
美しいその姿に、すれ違う人々はみな、一度は振り返って見ている。
「今の方、とてもお美しかったわね」
「ええ。少ししか見られなかったのが残念だわ」
ひそひそと交わされる会話には構わず、その者は人々の横を通り抜け、大通りから外れた脇道に入っていく。いくつかの角を曲がった先にある一軒の古びた人家の前に立ち、躊躇無く引き戸をガラリと開けた。
どこかの商家を改装したかのようではあるが、あまり広くない手狭な店内。
主がいない空の番頭台が目の前に鎮座し、その横にはいくつかに分けられた紙束が置かれていた。
棚も何も置かれていない壁は罅や染みが目立ち、一つだけ掛けられた時計の針がチッチッと時を刻み、振り子が規則正しく揺れている。
天井には庇の付いた豆電球が吊るされ、色褪せた畳と薄暗い店内を照らしている。この辺りはなかなか日の当たらない場所であるため、この光源だけでは日中でも少し薄暗い。
ともすれば、人の気配も感じられないような店の奥に向かって、その者は一言「御免下さい」と呼びかけた。
しっかりとした芯を感じる凛としたその声は、しかし淡々として温度の無い、冷たくも聞こえるものだった。決して大きな声ではないが、どうやらその者の目的の人物には届いたらしい。ごそごそと音がした後、奥にかかっている暖簾から、のっそりと男が現れた。
「いらっしゃぁい」
小柄で猫背、丸眼鏡を引っかけ、茶色の着物を纏った年齢不詳の男。粘つくような声とにたにたとした笑みは、この薄暗い店内をさらに不気味なものにしている。
男はひょこひょこと変わった動きで番頭台に腰かけると、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、目の前の人物を見上げた。
「これはこれは、数日ぶりだねぇお客さん。仕事は順調そうで何よりだ。この前の件も、早々に片づけてくれたようで。依頼人から謝礼が来ているよ」
ほら、と差し出した分厚い茶封筒を受け取ったその者は、表情を一切変えずに懐に仕舞う。
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