一章 男装の少女と不思議な軍人

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 店を後にしたその者――冴木由宇(さえき ゆう)は、歩きながらふうと息を吐いた。あの男と対面すると、何かにつけて揶揄(からか)おうとしてくるので面倒なのだ。  あの男、あの店の店主は、由宇が上京してきた時からの付き合いで、情報屋と呼んでいる。帝都のことなら、ありとあらゆる情報を手に入れることが出来る人物だ。  不気味で、一癖も二癖もある男だが、腕は確かなので重宝していた。  裏通りに(きょ)を構えていて、人との繋がりは希薄に見えるし、交友関係もあまり広くなさそうなのに、いつもどこからか情報を集めて来る。その中に、由宇が求める情報(もの)もあるのだ。  それは、妖しのモノ……怪異にまつわる話である。  文明開化と共に、妖や物の怪の類は迷信とされるようになり、人々の間では「いないもの」として存在が薄まりつつあった。そんなものは幻覚だと、存在自体を否定する者も多くいる。  しかし、妖と呼ばれるモノの類は、古来より確かに存在するものである。  彼らは、人々に存在を否定され、住処(すみか)を追われながら、残された闇の向こうで今もひっそりと生きているのだ。  彼らは基本的に人への干渉はせず、波風を立てないように暮らしているが、時たま、人里に現れ悪さをする者がいた。中には、悪意を持たずに人に手を出してしまう者も少なからずいた。  そんな者たちが起こす事件を密かに追い、人知れず解決する。  悪意無き妖とは対話と交渉で、言葉が通じない妖は斬って、人と妖の(あわい)に立ち境界を守る。  それが、由宇の仕事だった。  初めは、怪異が絡んでいる噂を情報屋から聞き、その妖を見つけ出して交渉し、円満に解決に持ち込んだだけだったのだが、同じことを何度か繰り返すうちに、一つの噂が確立してしまったらしい。  曰く、「情報屋の店に不可解な事件を持ち込めば、必ず解決してくれる」と。  解決しているのは紛れもなく由宇なのだが、肝心な解決している人物について一切の情報が流れていないので、妙な都市伝説として、人々の間でまことしやかに囁かれているようだ。  そして由宇は、その噂のおかげで不可解な事件や噂が沢山持ち込まれるようになった情報屋と一つの取り引きをした。  不可解な事件や噂が持ち込まれたら必ず由宇に知らせ、情報を回すこと。その代わり、依頼を完遂した時に支払われる依頼料の半額を、情報提供代として情報屋に支払う、と。  情報屋は二つ返事で承諾した。  持ち込まれる依頼の中には、怪異が関わっていない、人が起こしていたものも一定数あった。だがそれらも含めて、今のところ由宇は全ての依頼を完遂している。  しかし、由宇は有頂天になるどころか、依頼が持ち込まれる度気を引き締めていた。  人と妖、それぞれの平穏よりも、望んでいることがあるからだ。  そのために、夜な夜な闇と対峙しているのだから。
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