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大通りへと戻って来た由宇は、少し速度を落としつつ歩みを進めた。お昼時を過ぎたからか、いくらか人は減っているが、まだ日は高いので賑わいは変わっていない。
人々の間を縫うように歩く由宇の姿は、不思議と周囲の目を引くらしい。すれ違う人々が必ずちらちらと視線を送って来るのを、由宇は内心首を傾げながら横目で見ていた。
何かおかしなところでもあるのだろうかと思っていると、「主さま」と何もない虚空から声がした。
次の瞬間、ぽんっと軽い音と共に、一人の少女がその場に姿を現した。
「主さま。今度はどちらへ行かれるのです?」
鈴が鳴るような可愛らしい声。一つに結った三つ編みが背中で揺れ、丸い瞳が横から由宇を見上げている。
くるぶし丈の黒いワンピースを纏い、革のブーツを履いた、同い年くらいのハイカラな少女は、しかし周囲の人々の目には映っていないようだった。
突然少女が虚空から現れたというのに、側を歩く人々は誰も叫び声どころか驚愕に満ちた視線すら寄こさない。
そう、少女の姿は由宇以外には見えていないのだ。
そんな少女に「主」と呼ばれた当人は、ちらりとそちらを一瞥しただけで歩みを止めることなく平然と進んでいる。
「……特に決めてはいません。夜まで時間を潰せるところを見つけたいのですが」
「それなら、カフェーはどうです? 主さまなら浮いて見えることはないですし、あそこはたくさんの情報が飛び交っているでしょう? 有益な情報を手に入れられるかも」
「確かにそうですが、下手に通うような真似をして常連客や従業員に顔を覚えられても困ります。前に行った時からあまり時間が経っていませんし、利用するにしてももう少し日を置かないと」
「なるほど。そういうことも考えないといけないのですね」
覚えておきます、と頷いたこの少女の名は凛子といい、由宇が帝都に来て初めて出会った妖である。理不尽な理由で祓われそうになっていたところを助けてくれた由宇に恩義を感じて式に下り、「主さま」と呼び慕っている。
普段は姿を消している彼女だが、元々はお喋り好きで、気になることがあるとすぐに声をかけて来る。人通りが少ない路地や夜間であれば問題無いのだが、こうした大勢が行き交う往来で話しかけて来る時は、凛子に聞こえる最低限の声量で会話をするようにしていた。
一人でぼそぼそと話していても、路面電車のベルの音や人々の喧噪が隠れ蓑となって、周囲には案外気付かれないのだ。
しかし、そんなことには何も気付かず、凛子は無邪気に言葉を続ける。
「そうだ。先ほど情報屋の所に寄られていましたけど、また依頼を引き受けたのですか?」
「ええ。隣町の子どもが夜な夜な消えているそうで」
「今度は隣町ですか。私、そろそろ主さまが心配になってきました」
「何がですか……」
「――――君。ちょっと良いかな」
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