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ぽん、と。
軽く肩に置かれた手の感触と共に、人々のざわめきをすり抜けてするりと耳に入って来た声があった。
少しだけ高めな、それでいて落ち着いている、若い男性の声。
――人か、妖か。
咄嗟に振り返らず、まずはゆっくりと顔と視線だけを後ろに向ける。
肩に置かれた手は白い手袋をはめ、黒い服の袖口には金の線が走っている。
そこでおや、と思った由宇は身体を反転させてその人物と向き合った。
黒い服に金の釦、腰のベルトに下げられた剣。綺麗に磨かれた革靴を履き、鍔のある帽子を頭に引っかけるようにして被っている。
廃刀令が出された今の時代、剣を携えられる者は限られている。彼の格好も相まって、一目で軍人だと分かった。ただ、想像していた以上に若く……二十代半ばから後半くらいに見える。
背丈は下駄を履いた由宇よりも高く、見上げるほどだ。六尺(約百八十センチ程度)はあるだろうか。しかし顔立ちは柔和で、黒い瞳は丸く、最初に人へ抱かせる印象は良いように思えた。
だが、その佇まいは隙が無く、浮かべている笑顔もどこか胡散臭い。
普通の軍人では無い、と由宇は僅かに目を細めた。
「……何の御用でしょうか」
往来の真ん中で、相対する二人。先に口を開いたのは由宇の方だった。
少しばかりの警戒心が含まれた声に気付いているのか気付いていないのか、青年軍人は笑みを深くして実は、と切り出した。
「話したいことがあってね。俺と一緒に来てほしいんだ」
「話したいこととは何でしょうか。ここで話すことは出来ないのですか」
「うーん、話しても良いけど。きっと君はいろいろと困ることになると思うなあ」
「…………」
わざとらしく腕を組み、首を傾げ、由宇の問いをのらりくらりと躱す青年に、この人は何がしたいのだろうと思わずにはいられなかった。
曖昧な誘い文句。この場では言えないらしい話の内容。含みのある言い方。
何もかもが怪しく見えて来る。
由宇は、抱いた一切の感情を抑え込むため一つため息を吐き、時間をかけて瞬きをした。
そして、表情を一切消した顔で青年を見上げ、「申し訳ありませんが」と淡々と言葉を紡ぐ。
「生憎、僕は貴方を存じ上げません。もし貴方が一方的に僕のことを知っていると言うのなら、然るべき処置を取らせていただくことになるかと思いますが」
「いやいや、付きまといとか、そういうことではないよ。俺だって君のことを知ったのはたった今だ。君を見て、確信した」
何を、と眉を顰めた由宇を――否、由宇の隣に立っている凛子を指差して、青年はさも当たり前のようにのたまった。
「だって君、妖である彼女と会話してたじゃない」
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