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一瞬、全ての音が遮断された。
無音の時間はすぐに過ぎ去り、周囲の喧噪が戻って来たが、由宇と凛子と青年の間に流れた沈黙は、暫くの間その場に陣取っていた。
「…………へ?」
やがて小さく零れた声は、由宇のものではない。
その隣でぽかんと口を開け、目を大きく見開いた凛子のものだった。
由宇は驚き固まっている凛子を横目で見やり、目の前で笑みを浮かべたままの青年に視線を移した。
青年の胡散臭い笑顔からは、何の意図も思惑も読み取れない。だが彼の眼はしっかりと、普通ならば見えないはずの凛子を捉えている。
つまり、この青年ははったりでも何でもなく見えているのだ。由宇と同じく、人ならざる者――妖が。
「貴方も、見えているのですね」
ぱちり、と一つ瞬きをしてそう尋ねると、青年は器用に片方の眉を上げた。驚いているようにも、面白がっているようにも見える顔だった。
「へえ。君は相手が見えると分かっても驚かないんだね。そういう反応は初めてだなあ」
「驚く、と言えば驚いていますが。珍しいという思いの方が強いです」
「え、珍しいって思うんだ? それは意外な答えだったな。大抵見える人間同士が出会ったら、何より驚く傾向にあるからさ。にしても君、全然表情変わんないね」
「……そうでしょうか」
覗き込もうとしているのか無遠慮に顔を寄せ、こちらとの距離を詰めてくる青年から、咄嗟に一歩後退ってふいと顔を背けた。他人にじろじろと見られるのは、多少我慢出来ることとは言え気持ちの良いものではない。
と、そんな気持ちを察したのか、由宇と青年との間に凛子が身を滑らせた。由宇を守るように仁王立ち、精一杯背中を反らせて青年を見上げ、睨みつける。
が、凛子は由宇より背が低く、ついでにとても可愛らしいので、迫力はあまりなかった。
ただ、青年は二人の様子を見て脱線しすぎたことに気付いたのか、唐突にひょいと身を離した。まあそれはおいといて、と話を切り替えた青年を、由宇はまだ彼を睨んでいる凛子越しに再び瞳に映した。
「とにかく君には……いや、君たちには、俺と一緒に来てほしいんだよ。大丈夫、そこまで時間は取らせないからさ」
「……それは、僕が見えることと関係があるということですよね」
「うんそう、その通り。察しが良くて助かるよ。見える君に幾つか確認と、頼みたいことがあるんだよね」
そう言って、青年は帽子の鍔に手をかけてくいっと上げてみせた。
その顔に浮かんでいる笑みは、由宇にはやはり胡散臭く見えた。
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