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桜が嫌いな理由?
あぁ、簡単なことですわ。
あのお人がお好きだったから。
昔の有名なお人の歌なぞもじって、願わくば……なんてね。
春になると、この薄紅の花を見上げてほうっと息をついておいででございました。
挙げ句には本当に言葉どおりにねぇ……。
この木の下で眠っておしまいになりましたよ。
白い帷子を血で紅く染めて……。でも幸せそうに微笑っておいででした。
えぇ、あのお人にはこの花以外にはなぁんにも見えてらっしゃらなかったんです。
お国も、
お家も、
私も……。
なぁんにも目に入ってはいなかったんですよ。
笑えるじゃありませんか。
私はこの小さなひとひらの花弁に負けたんですよ。
幼い時からずっと傍にいたのに。
沢山、沢山言葉をかけて、長い長い時を共にしてきた筈なのに、でも一度もあのお人は私を見てはくれなかった。
薄雲が漂う朝にこの丘が薄紅に染まるその景色だけをずっと見つめ続けて恋焦がれて……。
事切れるその最後まで、あのお人の眼差しははらはらと舞うこのひとひらの紅を追っておりました。
悔しくて、情け無くて……。
何度も何度も刃物を振りかざしても、あのお人は一瞬たりとも私を見てはくれなかった。
だから私はあのお人をこの木の下に埋めました。
あのお人の行方はもう誰も知りません。知っているのはこの木と私のただふたり。
えぇ、私は桜は嫌いです。
爛漫の花の下に、ほら今宵もあのお人が佇んでいる……。
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