34.描き続けたい物語

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20年分の親子の会話と家族の会話は、近況報告から始まったらしい。家のこと、工場のこと、お金のことももちろん話したそうだ。 家族の誰にも言わず、銀行から融資を受けたら、いざという時家族が困るからだ。 リビングに来た祖父は、俺の頭をくしゃくしゃに撫で回してきた。 「改めて初めまして。祈。」 俺と目を合わせた祖父は満面の笑みだった。さっきの大きな声とは違って穏やかで優しい声だった。 「お前(にしゃ)テレビで見てるより、 小さくてかわいいな(ちゃっこくてめんこいな)。ははは。」 方言をわざと言ってるのがわかった。親しみを込めてくれているんだ。 「ほんとう?実物は、テレビよりいい?」 俺も距離を詰めてタメ口にした。 「いいな。じいちゃんな、さっきは少し緊張してたから……許して欲しい。いいかい?」 俺は頷いて、祖父に手を差し出した。 「じゃあ、初めましての握手……」 祖父は、俺が差し出した手を握ると抱き寄せてくれた。 「細いなあ。もっと食べなさい。」 「…え、いっぱい食べてるけど…。」 体を離すとじっと顔を見られた。 「きょうもいっぱい食べていきなさい。ばあさんがいろいろ作ってくれたから。」 「ありがとう。嬉しい。」 にこって、笑うと祖父もニッコリ笑ってくれた。 周りを見れば父も母も、嬉しそうな顔をしていたし、三神さんの母で俺とは血が繋がっていない祖母もご飯の支度をしながらにこやかにしている。 三神さんは、祖母が支度するのを手伝っていて親に優しい人なんだと改めて知った。 「お父さん、祈くん用に買っておいた食器出しますよ。」 三神さんがそう言うと、祖父が顔を綻ばせた。 「え、俺の?」 「ちょうどな、道の駅なみえにいいのがあったから買ったんだよ。ものは器で食うって言うだろ? あ、勘違いするなよ。ばあさんの作ったご飯は世界一美味いからな。」 祖母を見れば、ふふって笑っている。 「武範。お前たちのだってあるんだ。お客さんじゃないんだから自分で棚から出しても良いんだぞ。」 「わかった、わかった。やるよ。」 父も母も手伝い始めてテーブルには6人分の食事が並び始める。 「俺も手伝わないと……。」 「祈はちょっと、じいちゃんに付き合いなさい。」 「え。」 祖父に言われるままリビングを出て、祖父と一緒に和室に入った。 テーブルの角を挟んで座ると祖父が卓上用の将棋盤を出した。 「できるか?将棋。」 「……うん。」 祖父は将棋の駒を並べ始める。 「祈は今、隆也と一緒に住んでるんだな。」 俺も、駒を自分の方に並べる。 「うん。」 「…先手、祈でいいぞ。」 どっちを打とうか考えて角行の斜め前の歩を前に進めた。 「…ふふ。7六歩か。じゃあ、3四歩だな。」 「じいちゃんは、将棋好きなの?」 「将棋が好きなのは隆也だな。」 「……そっか。」 同じに角行の道を開けるからわざと角行を取りに行ったら同じに角行を飛車でとられた。 「本当に将棋できるのか?」 「…うん。」 角行の元の位置に角行を置いた。 「堂々巡りだな。」 祖父が、仕方ないといった顔をした。 「ふふ。」 祖父は、自分の手元にある角行を、くれてやると言わんばかりに3三の升に置いた。でも、俺が動かしたのは4九の金将。王将の真上に置く。5八金。 「誰と指してたんだ?」 「…スマホアプリ。」 祖父は飛車を王将の真上に置いた。5二飛。 「隆也は、祈に意地悪してないか?」 「…してる。」 「だろうな。少し変わった性格だろ。どこをどうして、ああなったのかな。」 「……じいちゃんの子だからじゃないの?」 俺の次の手は、3六歩。祖父は6二王。 「ふふ。祈の憎まれ口は、誰譲りなんだい?」 「……んー?」 「自覚ないのか?まあ。いいか。」 俺はそこそこかわいくないところもある。それは、わかっている。盤面を広く見れば遠く角行同士、睨み合っている。お互いがお互いに探り合いをしているようだ。 「将棋って時間かかるよね。」 「心理戦だからな。隆也が夢中になるのがわかる。アプリの将棋は、よくやってるのか?」 「そんなにはやらないかな。」 「桂馬を上手く使えると楽しいぞ。」 「…うーん?」 俺の次の一手は3七桂。 「隆也とずっと一緒に住むのか?」 「うん。……。ん?」 祖父と目が合えば、少し心配そうな顔をされた。 「隆也は、男でいて男が好きだ。一生ひとりでいるものだと思ってたからな。」 祖父の世代なら、同姓同士のパートナーを理解のできない人もいて当たり前というか。 「……祈は、それでもずっと隆也のそばにいてくれるのか?」 俺は祖父の問いに、へへって笑ってしまった。俺が、三神さんのこと嫌になるわけがないのにって。そう思った。 「…ねー、じいちゃん。お父さんとお母さんにはまだ言ってないんだけど……。」 「ん?」 祖父となるべく距離を詰めた。 「俺、好き。三神さんのこと。」 少し照れながらも、俺の気持ちをきちんと話した。 祖父は俺の頭を優しく撫でて。 「そうか。…そうか。」 って、優しく笑ってくれた。
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