1人が本棚に入れています
本棚に追加
それは、おれがまだ高校に入学したばかりの春のできごと。
例年より気温が低かったその年、桜の開花が遅く、中旬になってようやく見ごろとなった。
特に桜には興味もなく、通学路だからという理由で、朝、桜並木を歩いていると、そこに栗色の腰くらいまである長い髪を風になびかせてひたすらに楽器を鳴らしている女子高校生がいた。おれと同じ学校の制服を着こなしているから、おそらく上級生だろう。
ただの練習なのか、道ゆくひとたちに披露しているのか、何をしているのかわからなかったから、おれは気になって足を止め彼女を少し遠くから見つめていた。
「……なんだよ、少年。見せ物じゃないぞ」
おれの視線に気がついたのか、楽器を弾く手を止めこちらを一瞥する。
「いや、だったらなんでこんなところで楽器やってるんですか」
「まぁ、ひとを探しているんだ。わたしの理想を叶えてくれる男をね」
「なんすか、それ。関係あります?」
「大いにあるね。もしかしたら、それを叶えてくれるのは、今こうしてわたしの音に導かれ足を止めたきみなのかもしれないのだから」
「へぇ。もしそうなら遠慮しておきます」
「そう言うなって。よし、決めた。少年、今日の放課後、わたしの教室に来い。3-Aだ」
「は? いや、行かない……」
「必ず来いよ」
いつのまにか楽器をケースにしまっていた彼女は、それについている紐を肩にかけて去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!