第二話:両雄相対す

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第二話:両雄相対す

 そんなわけで二人の共演が決まり、会場である武道館を無事確保すると早速双方の関係者で演奏プログラムの協議が始まった。  しかし日米関係が常にそうであるようにクラシック業界もアメリカの方が圧倒的に強いのでプログラムは諸般リスト側の意向に押しきられてしまった。  プログラムはこうである。まず第一部で大振拓人がアメリカから自分の祖先の日本に帰ってきた諸般リストへの歓迎をこめてドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』から、あの有名な日本では今も下校のチャイム音楽として流れている第二楽章の家路を演奏し、諸般がその返礼としてフランツ・リストの『ピアノソナタロ短調』を演奏する。そして第二部で二人揃ってメインのラフマニノフの『ピアノ協奏曲第二番』を演奏する。  大振拓人側はこの自分たちがろくにフォルテシモ出来ないこのプログラムに苛立ったが、しかし大振は何故か自分の演奏時間を諸般と同じにしろと要求するだけに留めた。大振拓人は楽譜通りだと十分ちょいしかない家路を諸般の演るピアノソナタと同じく三十分に伸ばして演奏するつもりだったのだ。  こうして演奏プログラムが決まると主催者側は日米の各メディアを使って大々的にコンサートの宣伝を始めた。 『日米のクラシックの未来を背負う若き音楽家の初共演!武道館でフォルテシモにロマンティックが舞う!』  この二人のキャッチフレーズを巧みに取り込んだ広告戦略は大成功し、相手の国でさほど名前の知られていなかった大振拓人と諸般リストはあっという間に有名になってしまった。皆それぞれ二人の決め台詞である「フォルテシモ」「ロマンティック」と頻繁に口にし、甘い菓子のプレゼントを待つ子供のようにコンサートを待ったのである。  コンサートの一週間前に諸般リストはアメリカから羽田に来る予定であったが、その諸般を出迎えるために燕尾服を着た大振拓人は大勢のマスコミと共にいた。マスコミは二人が出会う瞬間を捉えようと大振にカメラを向けて諸般の到着を待ち構えていたが、その大振は腕を組んで撫然とした表情のまま動かずにただ立っていた。  その大振たちの元に向かって昔の貴族みたいな格好をした異様に背の高い男が腰まである髪を靡かせて歩いてきた。マスコミはそのあまりにも煌びやかな格好と男の少し離れた後ろにまるで侍従のように控えて歩いているスタッフらしき大勢の人間たちを見てこの男が諸般リストに違いないと確信して一斉にカメラを向けた。  こうして二人は対面したのだが、大振は初めて見る諸般リストの異様な姿に驚いてしまった。その背の高さもそうだが、彼は異様なまでに細く自分より背の高い人間に感じる威圧感がまるでなかった。  顔も西洋人の血が一滴も入っていないにもかかわらず、非常に彫りが深くエキゾチックであった。手は木の小枝のように細長い。この諸般という男はまるで体全体が今にもロマンティックに折れそうな細木のようだった。  その諸般のロマンティックな細木のような体を覆う木の葉のような髪は、周りに風も吹いておらず、本人も今は立ち止まっているのに何故かやたらロマンティックに靡いていた。  大振はなんで風も吹いてないのに髪が靡くのか気になって諸般を見ていたが彼はすぐに理由がわかった。なんと諸般は背中に小型の扇風機をつけて髪をロマンティックに靡かせていたのだ。  これを見て大振はさすがアメリカ人!自己演出のために電気の力を借りるとはと呆れ果て、では俺は電気の力を借りずにありのままの俺を見せてやるとその場で乱れた髪をもっとクシャクシャにして諸般を睨みつけてやった。その光景を見たマスコミはあまりの緊張感に声すらかけられなかった。 その翌日大振拓人と諸般リストの共同記者会見が開かれた。  会見は最初に二人の軽い挨拶が行われ、それから司会が記者会見の開始を告げた。まず記者は諸般リストに対して大振拓人の演奏を聴いたことはあるかと質問を投げたのだが、それに対して諸般は、 「アメリカとヨーロッパには沢山の優れた指揮者がいるからその他の国の指揮者なんかいちいちチェックしない。彼が優れた指揮者なら自然と僕の耳に入って来るはずなんだけど」  と半笑いで大振と日本をバカにしまくった返答をした。大振はこれに憤慨して、次に大振に同様の質問が来ると前のめりになって、 「ピアニストなんて曲芸師のことなんかいちいちチェックしていられるか!僕らがやってるのは曲芸じゃなくて音楽なんだ!」  とこれまた諸般リストどころか世界中のピアニストを敵に回すような事を挑発的に言い放った。  だが諸般は全く動じずに今度は大振のボサボサの髪のことを、 「君、僕がいい美容師を紹介するから、そのボサボサの髪を真っ直ぐに直し給え」  といじりだし、それに対してまたまた激怒した大振は、 「お前のそのアホみたいに長い髪をバリカンで刈って坊主にしてやる!」  とボサボサの髪を振り乱して面と向かって諸般を怒鳴りつけた。  もはや記者会見はクラシックの豪華共演のセレモニーではなく、先日亡くなったアントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦のあの記者会見のようになりつつあった。  とうとう彼らは記者たちの質問を無視して互いに罵倒しあい「コンサートで俺がお前の両手についてるその指を指揮棒でぶっ叩いてやるからキチンと指を洗って待ってろ!」と大振が諸般を罵ると諸般はすかさず「おお怖い怖い。Ohスティックボーイ。じゃあ僕は君にそんな乱暴させないように、コンサートで君の棒をひったくってママみたいに君をピアノに押し付けて棒で躾けてやらなきゃな!」と返した。  これにブチ切れた大振はいきなり立ち上がると諸般に向かって拳を振り上げて向かって行った。諸般も立ち上がって同じように拳を振り上げてこれに応じ、ついに乱闘かと会場は大混乱になってしまった。
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