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01
静かな町の端っこで少女が花を愛でていた。
今日は天気もよく花も喜んでいるようだと、彼女は咲いている花畑に微笑む。
色とりどりの花は、そんな少女に応えるように風に揺れていた。
どこにでもある平穏な光景だ。
「大変だ! 魔物が現れたぞ! 早く逃げろ!」
遠くから男の声が聞こえてきた。
少女は慌ててその場から去ろうとしたが、目の前に見える花畑から一匹のウサギが飛び出してきたことに気がつく。
一緒に逃げようと、少女はウサギに駆け寄った。
すると、真っ白なウサギの背中から無数の葉が生えてきて、その歯が牙へと変化していく。
ウサギの正体は魔物だった。
その名もリーフ·バニー。
一見すると普通のウサギと見分けがつかないため、多くの者が食われているという恐ろしい魔物だ。
突然、牙をむき出しにし、威嚇してくるリーフ·バニーに腰を抜かしてしまった少女は、悲鳴も上げることもできず、その場で動けなくなっていた。
「その子からはなれなさい!」
このままウサギの魔物に食べられてしまうかというとき、突然誰かが飛び出してきた。
それは少女と同じ年齢くらいの女の子だった。
女の子は手に握っていた木の棒で、果敢にもリーフ·バニーに立ち向かっていく。
だが、所詮はまだ幼い子ども。
いくらウサギと同じ大きさとはいえ魔物には勝てず、体当たり一撃で吹き飛ばされてしまう。
そして、リーフ·バニーは再び少女のほうへ視線を移した。
その赤い両目を光らせながら、獲物を狙うようにじりじりと少女へと近づいてくる。
倒れた女の子のほうを見ながら、次は自分だと思いながら泣く少女だったが。
なんと吹き飛ばされた女の子は立ち上がり、フラフラとおぼつかない足取りながらも魔物の前に立ちはだかる。
「こ、こんなことでぇ……やられないよぉ……。まだ……まだまだぁぁぁッ!」
リーフ·バニーは声を張り上げた女の子の息の根を止めようと、彼女に飛びかかった。
今度は突進ではない。
大きく口を開けて、その鋭い牙で噛みつくつもりだ。
少女には理解できなかった。
どうして自分を助けてくるのだろう?
この子だって自分と同じ子どもなのに。
どうして魔物と戦えるのだろうと、恐怖を感じる以上に、彼女の立ち姿から目を離せないでいた。
「だいじょうぶだよ……。かならずまもるから……。ぜったいに、あなたをキズつけさせたりいないからッ!」
背を向けながら、女の子は少女に声をかけた。
その頼りない小さな体で胸を張り、精一杯自分を奮い立たせている。
しかし、それでも力の差を埋められるはずもない
気持ちだけで子どもが魔物に勝てるはずもない。
だが、少女にとって自分のために命を懸けている女の子は、世界中の誰よりも頼もしかった。
ウサギが女の子に飛びかかる。
女の子は木の棒で牙を弾いたが、噛み砕かれた木の棒は粉々になった。
もう武器もない。
戦えっこない。
少女は自分を置いて逃げるように叫ぼうとしたが、女の子は彼女を守るように立ち続ける。
そんな彼女を見た少女は、声を出すのも忘れてしまっていた。
「キィィィッ!」
リーフ·バニーが雄たけびを上げた。
もうダメだ。
このまま二人とも食べられてしまうんだと、少女が今頃になって恐怖を思い出した瞬間――。
ウサギの魔物が矢で射られた。
無数の矢がその体を貫き、二人の前で力なく倒れる。
どうやら騒ぎを聞きつけて、ようやく助けが来たようだった。
リーフ·バニーが動かなくなったのを見た女の子は、へなへなと地面に膝をついていた。
とっくに限界は来ていたのだろう。
その場に屈したかと思ったら、ごろりと横になってしまう。
「だいじょうぶ!? ねえ、あなただいじょうぶ!?」
少女は倒れた女の子に駆け寄り、その体を揺すった。
やはりリーフ·バニーの突進で怪我をしていたのかと、かすれた声で何度も声をかけ続けていた。
彼女の目には涙が流れており、その水滴が女の子の顔に落ちていく。
「いたいの? どこかケガでもした?」
女の子から返事が返ってきた。
それは自分のことではなく、泣いている少女を心配している言葉だった。
少女は、そんな彼女の胸に顔をうずめて言う。
「ケガをしたのはあなたじゃないの!? どうしてあんなムチャをしたの!? なんども死んじゃうかと思ったよ! うわぁぁぁんッ!」
少女は泣き出してしまった。
これまでの緊張、恐怖、恩人への心配が一緒になり、ダムが決壊したように涙を溢れさせている。
女の子は倒れながらも、そんな少女の頭を優しく撫でてやった。
もう怖いことなんかないよと、まるで母親が赤子をあやすように穏やかな声で。
この騒動の後――。
二人は名前も明かせないまま、それぞれ別のところへ運ばれてしまった。
兵士らに保護され、それから何度も声をかけられた少女だったが。
彼女の耳に、大人たちの声は入ってこなかった。
少女はずっと、自分を助けてくれた女の子のことを考えていた。
あれこそ本で読んだ英雄だと。
自分もあの子のように――いや、あの子の力になれるような強い人間になるのだと。
少女はこの日をきっかけに、あこがれているだけだった本物の英雄と出会い、そして、そんな勇者のために生きたいと願うようになった。
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