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フェバリはそう言って立ち上がった。
すでに足元もおぼつかない様子だったが、彼女は踏ん張りながら声を張り上げる。
「サファイア! まだ生きてるよね!? ちょっとの間でいいから、そいつを止めておいて! あんたの魔法があればなんとかできるでしょ!」
大声を出したのがよくなかったのか。
フェバリは痛みで再び片膝をついた。
それから彼女は、慌てて駆け寄ってきたビティーに、自分の考えていることを話した。
フェバリはサファイアが大木の魔物の注意を引きつけている間に、その後ろに回って渾身の一撃を決めると。
彼女の考えを聞いたビティーは、それ以外にもう手がないと思いつつも、納得はできなかった。
たしかに大木の魔物もダメージを持っているようだったが、正直、今のフェバリのそこまでの一撃を放てるとは思えなかったのだ。
その思考をビティーの表情から察したフェバリだったが、彼女は立ち上がって大木の魔物へと体を向ける。
「チャンスは一度だけ……もうこれしかないからねぇ。やるしかない」
「……ちょっと待って、フェバリ。わたしに考えがある」
――立ち上がったサファイアは、痛む身体を無理矢理に動かして詠唱を始めた。
すると、次第に彼女の手のひらに炎が現れる。
サファイアは剣士でありながら攻撃魔法を使える。
フェバリはそのことを、彼女との一騎打ちから知っていた。
「なにを考えているかはわからないけど、もう出し惜しみしてる場合じゃないわよね……」
サファイアはこれまで温存していた炎の魔法を放った。
業火が大木の魔物を包み、全身が燃えて激しく苦しむ。
植物の魔物ならば火が弱点だ。
だが花の魔物ならばいざ知らず、サファイアの魔法では大木の魔物を倒すことはできなかった。
当然サファイアも理解している。
だからこそ、ここぞというところまで魔法を使用しなかった。
そのタイミングが今なのかは、サファイアにもわからなかったが、彼女はフェバリの判断を信じた。
「ほら赤毛、今のうちよ!」
「ありがとう、サファイア。あとでキスしてあげるね~」
「しなくていいわよバカ! いいからさっさと決めなさい!」
サファイアの声が響き渡ったのと同時に、大木の魔物の背後に接近する者がいた。
しかし、それはフェバリではなくビティーだった。
驚愕したサファイアが叫ぶ前に、大木の魔物が背後から向かってくるビティーに攻撃をする。
無数の枝を伸ばし、彼女の体は貫かれた。
その場に倒れたビティーを見てサファイアの目に涙が流れたが、ビティーは自分に回復魔法をかけて辛うじて堪える。
だが、まだ終わりではない。
大木の魔物はサファイアの炎の魔法を耐えきり、まだ生きていたビティーに止めを刺そうと動いていた。
「ビティー! あなたはやっぱりあたしの英雄だよ! あたしはあなたのために強くなったんだぁぁぁッ!」
その次の瞬間――。
叫び声と共に、フェバリの大剣が大木の魔物を切り倒した。
巨大な木がバタンと倒れ、周囲に凄まじい衝撃が走る。
敵が倒れたのを見たフェバリは、大剣を放ってその場に大の字になると、年寄りくさい声を出した。
「はぁ……もう無理、もう戦えないよぉ」
「フェバリ……? さっきの……わたしのためにって……?」
ビティーは先ほどフェバリが口にした言葉の意味を知ろうと声をかけたが、その答えは聞けなかった。
その理由は、なんと切り株になった大木の魔物から、大量の花の魔物が現れ始めていたからだった。
切り落とされた頭の部分の葉の中からつぼみが生まれ、それが一気に開花する。
そして花の魔物は、ビティー、フェバリ、サファイア三人を無視して、一斉に村人たちや入団希望者らのいるほうに走り出した。
彼女たちは止めようと動くが、もう体が言うことを聞かない。
このままでは、花の魔物の大群に皆殺しにされてしまう。
そう思われたとき――。
「ギガントツリーが倒されてる……。村にも被害はなさそうだね。やるな、今年の子たちは」
リスの着ぐるみを着た人物が現れた。
こんなときにふざけた格好をして、あれは誰だと、ビティーたちは思っていたが。
リスの着ぐるみが手を掲げると、村すべてを覆うほどの魔法陣が空に出現した。
「すべての悪しき魂よ。灰になれ」
着ぐるみが掲げていた手を振るう。
すると、花の魔物の大群が塵へと変わり、一瞬で消え去っていった。
ビティーがその光景を見てから着ぐるみの人物へと視線を移すと、その人物は被っていたリスの頭を外した。
「よくやったね、君たち。こりゃ今年の新人は大豊作だ。試験なんていらない。全員合格だよ」
着ぐるみの人物の正体は、ビアン兵団の兵隊長――隻眼の女ガートルードだった。
ビティーは今見た彼女の凄まじい力に戸惑い、なぜリスの着ぐるみを着ているのかよくわからないまま、そのまま気を失った。
――後日。
村に滞在していたガートルードと入団希望者たちは、王都へと戻っていた。
ビティー、フェバリ、サファイアの怪我は酷かったようで、彼女たちは兵団の医療施設に運ばれた。
「ここは……?」
「おッ、私が来たタイミングで起きてくれるなんて助かるね」
ベッドで目を覚ましたビティーの前には、ガートルードがいた。
ガートルードは、ビティーの意識がしっかりしたものだとわかると、後にあったことを伝えた。
行われなかった試験は、突然現れた魔物から村を救ったことで全員を合格にしたこと。
それでも多くの者が入団を辞退したこと。
現れた魔物については、現在も調べている最中だということを話した。
「それにしても頑張ってくれたね」
「いや、私なんかぜんぜん……。皆が協力してくれたし……なによりフェバリとサファイアがいなかったら危なかったです……」
「うんうん。謙虚な姿勢は素晴らしい。でも、もっと自分のやったことを誇っていいよ。それくらいのことはしたんだからさ」
ガートルードはニッコリと微笑み、ビティーを労った。
それから彼女はフェバリとサファイアがどうしているかを話し始めた。
二人はすでに入団しており、今は四人部屋の兵舎に荷物を運んでいる。
その部屋はこれからビティーも住むところでもあり、あと一人の入団者も入れ、四人でチームを組んでもらうと。
話を聞いたビティーは、胸を撫で下ろしていた。
フェバリもサファイアも、他の入団希望者とは違い、辞退しなかったのだと。
急な実戦を経験し、自分には続けられないと思った者が多かったのだろうと、彼女は今になって辞退した人たちのことを思っていた。
「じゃあ、私は戻るね。早く怪我を治しなさい。あの子たちが待ってるからさ」
そう言ってガートルードは部屋を出ていった。
残されたビティーは、あのときの言葉――フェバリが叫んでいたことを思い出していた。
フェバリは大木の魔物に斬りかかったとき、“あなたのために強くなった”と叫んでいた。
少しずつだが、昔の記憶がよみがえってくる。
それはまだビティーが、今以上に弱かった頃――。
ウサギの魔物であるリーフ·バニーから、自分と同じくらいの年齢の少女を助けたことを。
ビティーは、フェバリがあのときの少女だと思い、彼女に訊いてみようと考えていた。
だが、彼女は思いとどまる。
「こっちから訊ねるようなことじゃないよね……」
ビティーは窓から空を見上げる。
そこには雲一つない青空が広がっていた。
そして、これからのことを考える。
ビアン兵団の一員として、皆で協力して戦っていこう。
どんな強い魔物が現れようとも、人々を守るために前に出よう。
わたしたちならもう、そのやり方を知っているのだから。
了
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