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05
――王都から少し離れた村に、ビティーたち入団希望者は足を止めていた。
それは面接官であるガートルードが、この村でしばらく待機しているように言ったからだった。
村とは言っても住民は少なく、なんだか寂れたところだなとビティーが思っていると――。
「ねえ、ビティー。あたし、なんだか眠くなっちゃった。あそこの小屋で寝てるから、試験が始まったら起こしてね」
フェバリがあくびをかきながら、誰も住んでいなさそうな小屋へ入っていってしまった。
緊張感のない子だなと思いながら、ビティーは周囲を見回した。
現在この寂れた村には入団希望者が数十人と、木と藁でできた家の前で談笑している村人が数名。
他の入団希望者は若く、ビティーと同じく緊張していそうだが、対照的に村人は老人ばかりでのほほんとしている。
そんな光景もあってか、とても試験をするような雰囲気には見えない。
気候もよく吹く風も心地いいので、これで食事でもあれば、まるでピクニックにでも来たかのようだった。
(でも、気は抜けない……。意外とこの待っている状態を見られてるかもしれないし……)
それでもビティーは気を張り続けていた。
常に周囲を観察し、何があっても対応できるように目を光らせている。
そんなビティーに、とある人物が声をかけてきた。
「相変わらず落ち着きがないわね。ビティー·ムーンアンダー」
巻き髪が特徴的な金髪の女が、ビティーへと近づいてくる。
腰にレイピアを差しているところを見るに、どうやら剣士のようだ。
ビティーは顔をしかめながら、巻き髪の女に向かって口を開く。
「サファイア……。あなたも今日の試験日を選んだの?」
巻き髪の女の名はサファイア·プラインド。
ムーンアンダー家と並んで、ビアン王国にいる貴族の中でも名門といわれるプラインド家の令嬢だ。
ビティーは彼女とは物心つく前から顔見知りであり、そして苦手な人物でもあった。
その理由は、サファイアが何かとビティーに突っかかって来るからだった。
今もビティーを見つけて、血の匂いを嗅ぎ付けた肉食動物のように、目をギラギラと輝かせている。
「ふん、まさかあなたと同じ日になるとはね。これも何かの縁かしら」
「どうだろう……。じゃあ、わたしはこれで……」
「なッ!? ちょっと待ちなさいよ!? 私を袖にするつもり!?」
冷たくあしらわれたせいでサファイアが声を荒げたが、ビティーは気にせずに彼女の前から去ろうとした。
ビティーは顔を合わせるといつもこうだと思いながら、大きくため息をつく。
いちいちサファイアの相手などしてられない。
今は大事な入団試験前なのだ。
下手に問題を起こせば、その場で失格にされてしまう可能性だってあると、ビティーはサファイアに背を向けた。
だが、次にサファイアが彼女にかけた言葉によって、ビティーは振り返ることになる。
「ガートルード隊長! どうせどこからか私たちのことを見ているのでしょう!? 実力が見たいなら、まどろっこしいことをなしで、今から見せてさしあげますわ!」
サファイアは、村中に届くほどの大きな声で、試験官であるガートルードに呼びかけた。
彼女の大声を聞き、一体何事だと、他の入団希望者たちや村人らが集まってくる。
大勢が自分たちを囲んだのを確認したサファイアは、ニヤリと笑みを浮かべると、ビティーにレイピアを突きつけて言う。
「今から私、サファイア·プラインドと、このビティー·ムーンアンダーで模擬戦します! どちらがビアン兵団にふさわしい人材か、よく見ておいてくださいね!」
こいつはとんでもないことになった。
慌てて断ろうとしたビティーだったが、サファイアが事を大きくし過ぎたせいで、今さらなかったことにできなくなってしまった。
ビティーには、サファイアが意図的にガートルードに声をかけたことはわかっている。
その理由が、けしてこの模擬戦を試験の判断材料にしてもらうつもりではなく、ビティーに相手にしてもらえなかった仕返しにやっていることだということも。
「おっほほほほ! さあ、ビティー。これでも私を無視するつもりかしら? ここで逃げたら、ガートルード隊長への心証が悪くなると思うのだけど」
「くッ!? あなたらしいやり方ね。しょうがない……相手にするしかないか……」
穏やかだった村の一角で、銀髪と巻き髪の女剣士二人が戦うことになった。
「ふぁぁぁあ。よく寝たなぁ」
――フェバリが目を覚まし、小屋から出てきた。
彼女の赤毛が藁だらけになっているところを見るに、どうやらベットではなく干し草の束の上で寝ていたことがわかる姿だった。
フェバリが歩いていると、そこには人だかりができていて、彼女は何かあったのかと近づいていく。
人混みの中を「ちょっとごめんねぇ」とフェバリが進んでいくと、その先にはビティーが倒れていた。
「ビティー……?」
ビティーの衣服は黒焦げになっており、さらに彼女は気を失っているのか、倒れたまま動かない。
一体何があったのか?
もしかして入団試験で負った怪我か?
フェバリが驚いていると、女の笑い声が聞こえてきた。
「おっほほほ。やはり大したことないわね。そんなんでビアン入団しようなんて、百年早いのではなくて?」
金髪の巻き髪の女――サファイア·プラインドが倒れているビティーを見下ろして高笑う。
他の入団希望者たちは、誰も動かずにただその様子を眺めていた。
そんな中でフェバリはビティーへと近づき、彼女に寄り添う。
「ねえこれって、あんたがやったの?」
「そうよ。ちょっと身の程を教えてやったってところかしら。この子のことは小さい頃から知っているんだけど、英雄になりたいんだかなんだか、口ばかり達者で実力がともなっていないのよね」
サファイアの返事を聞き、フェバリはビティーを強引に他の入団希望者たちに介抱するように頼んだ。
それから彼女は、自前の赤毛の髪を手で払いながら、巻き髪の女の前に立つ。
「よし、巻き髪。次はあたしと一対一でやろう」
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