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1章 第1話 相次ぐ人身事故
1章 懐中時計 Montre de Poche
「お姉ちゃん、どこにいっちゃったの。ねぇ、お姉ちゃん。私だけ置いて行かないで!寂しいよ.. お姉ちゃんに会いたいよ」
ごめん.. ごめんね..
カーテンの隙間から滲む朝の光が、現実に引き戻すように瞼に触れた。
「また、あの夢か.. いったい何なんだろう..」
ここ最近、頻繁に見るあの夢。オーストラリアのエアーズロックのような大きな岩が見える荒野の中、少女がひとり、ただひたすら姉を探しながら歩いている。その顔は寂しさと悲しみに包まれているのだ..
そんな夢をみた朝は、必ず私は涙を流している。
「茜、起きなさい! 今日は学校の行事の準備でしょ! 早くご飯食べなさい!」 下からいつものように母の声がする。
「はぁい! わかってるよ!」
***
私の名前は一ノ瀬 茜。17歳の女子高生。世間では、いわゆる主役の年齢ともいわれている。大人が言うには、私たちは何をやってもキラキラと若さはじけているんだって。
今日もテレビのコメンテーターが「いつも時代を作るのは女子高生から」なんて事を言っていた。たぶん、私たちは思うこと、感じることに、大人よりも少し素直でいられるだけだと思う。
そんな私たちをみて大人は「悩みがなくていいね」なんてことを言うけれど、私たちにだって大なり小なり人に言えない悩みを抱えている。
『君も抱えているのかい?』
抱えてるよ。しかも、大きなほうがひとつ。もちろん誰にも言えない悩みなんだ..
***
—初大駅—
♪まもなくホームに特急橋元行きが通過いたします。黄色の線までお下がりください♪
(今日は疲れたなぁ。絶対に部室の清掃はパワハラだよ。なんで2年生がやらなきゃならないのよ。まぁ、仕方がないか.. 今年は新入部員がたった1人だもんね。何で考古学研究部なんて入っちゃったんだろ.. 辞めちゃおっかなぁ.. あ~ぁ、座って帰りたい。 ここ、人多いからあっち行こう。 てか、特急停まれよな! この駅 )
夕方5時の部活帰りの学生とサラリーマンでやや混みの狭いホーム。すいてる場所に移動しようと前を歩くおじいさんを追い抜いたその先で..
—ドカッ!!
「あ、ごめん— 大丈——」
「 ——こそ、す ませ——」
特急電車の耳をつんざくような轟音に、お互い話半分聞き取ることができない。けっこう強めに当たったので私のカバンは勢いよく床に落ち散乱してしまった。慌てる私に上はおじいさんから下は中学生まで協力して拾ってくれた。
これぞ日本が世界に誇れる親切システム。
「すいません。私、急いでて前をよく見ていなくて..」
「いや、俺も何かボーっとしていて.. ごめんね。それより大丈夫かい? 懐中時計とか落としてないかい? 」
「時計? あ、大丈夫です。本当にすいませんでした」
「お互い気を付けようね」
そう言いながら30代のスーツ姿の男性は反対ホームへの連絡階段を登って行った。
(イタタタ。さすがにちょっと強く当たりすぎたかな? でもあれくらいじゃないとアレに押し切られちゃうからなぁ。人身事故なんて見たくないし.. さ、あっちの列に並びなおそうっと! それにしても『懐中時計』っていつの時代だろ。 変なの..)
***
—茜の自宅 — その日の夜
『ほら、茜! お父さんがうるさいから、パンツとタオル持って行ってあげて』
「わかった!! あと30秒でTV終わるから」
『 —Music Remote!! では、また来週~ 』
お母さんはいっつもそう。まだ番組が終わってないのにあれこれ用事を言いつけて来る。私の好きなアーティストが出ているんだから、最後の最後までちゃんと見させてほしいよ。
よしっ! 終わった!
「お母さん、そこのやつを持っていけばいいの? 」
『続いて9時のニュースです。現在、京姫線下り列車が桜水丘駅における「人身事故」のため2時間の遅れとなっております。相次いで起こる駅ホーム内における事故に鉄道会社の安全対策が不十分なのではないかの世間の厳しい声が—』
居間を後にして浴室へ歩き始めると、TVからニュースの声が聞こえてきた。
「 事故か..」
うちの浴室のドアは叩くと枯れた木みたいなちょっと間抜けな音がする。ノックを2回、3回。これ、ちゃんとやらないと、見たくないものを見る羽目になる。当然、念には念を!
「お父さん! 入るよ。まだ出てこないでよ! 」
『ああ、わかった。わかった』
— カチャ
「じゃ、置いといたからね」
「ありがとな」
—パタン
「まったくパンツくらいは自分で持っていきなさいよね.. 桜水丘駅かぁ..やっぱりダメだったんだ。あんなのどうやったって防ぎようがないよ..)
『まぁ、私には関係のない事だけど.. 』
いつからだっけ.. 何もできなかった自分にごまかしをつけるようになったのは。でも、最近は、このイヤな気持ちも一晩寝てしまえば忘れられるようになっちゃったんだ。
私は部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。
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