On the live

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──約束通りの春が来た。  いやまぁ……一年中春が来ない事なんて、今まで一度もないけれど。  それでも今年のこの春は、僕の中で大きな意味を持っている──。 「おーい、柳田……そんな持ち方だと腰悪くするぞ」  先輩は杜の細道を、いとも簡単にドラムを持って進んでゆく。 「僕は……っ、肉体労働は……向いてないんです、よ……てッ!!」  既に息が上がっている柳田君は恨めしそうに先輩を睨むと、「顔面から鍛えてる筋肉バカと一緒にしないで下さいっ!」と相変わらずの悪態をついてみせる。 「負け惜しみ」  フッと笑ってそう吐き捨てた先輩は、先月高校を卒業した。  本人の希望通り大工になった先輩だが、週末はライブハウスのサポートメンバーとして、色々なバンドのドラマーを勤めている。  バンド人口の中でドラマーは希少な存在の為、僕らが卒業するまではどこのバンドにも籍を置かず活動する……という内容は、楽器の貸し出す条件としてオーナー納得させるのには充分だった。  僕も昴も柳田君も無事に1学年上がり、少し余裕が出てきた春の吉日。  いつもの駅で集まった僕らは、ライブスタジオから楽器を借りて、白との約束を果たす為に杜へと集まっていた。 「おっせぇなぁー……ほら、手伝ってやるからさっさと進めよ」  先にアコースティックギターを運び終えた昴は、言葉とは裏腹に甲斐甲斐しく柳田君の手助けをする。  僕はその様子を微笑ましく眺めながら、いつもの相棒では無いアコースティックベースを抱えて社を目指す。  岡部先輩がわざわざオーナーから楽器を借りたのは、白の『雅楽』という概念を考慮しての願い出だった。  エレキ系の音に慣れ親しんだ僕らにとって機械的な音に何の疑問を持つことはないが、今まで古風な楽器にしか触れていない彼女の耳にも合うように……という粋な心遣いが出来るのは、なんとも先輩らしい。  久しぶりに全員揃ったメンバーの会話を聞きながら季節を巡った境内を見渡した僕は、最初に訪れた時の鬱蒼とした陰が微塵も無い風景を眺めている。  まるで自分の存在を主張しているように満開に咲き誇る薄紅色の桃の花は、一際甘く風に踊っていた。 「どうじゃ……美麗だろう?」  暫く絶景に目を奪われた僕の後ろで、白のご機嫌な声が耳を擽る。  待ちに待ったその声に惹かれて振り返ると、彼女はいつも揺らめいている長い髪を綺麗に結い上げており、今までの少女の様な容姿からぐっと大人びて見えた。  金の煌めく瞳に似合う目元の紅と同じくらい艶やか口紅は、白の清淑さを引き立たせており、いつもの巫女装束も天女の羽衣の様な透き通る絹を幾重にも纏った服装に昇華されている。 「……そうだね」  正直、白の妖艶さが花の美しさよりも心の中で優ってしまった僕は、次の言葉を探すことすら億劫なほど彼女に魅入ってしまった。 「何だ、まじまじと我の事を見て……似合ってない、とでも言いたいのか?」  言葉を失ったまま見つめる僕の視線に恥ずかしくなったのか、白はふわふわの尻尾を足に巻きつけてモジモジとしおらしく恥じらう。 「いや……よく似合ってる」  彼女の見た事ない表情を見るたび、胸の奥底が満たされてゆくような不思議な感覚。 ──あぁやっぱり、僕は白が好きなんだ。  僕の言葉に驚いたのか、彼女は薄く唇を開いてその言葉をゆっくりなぞると途端に顔を綻ばせる。 「当たり前だ!……我を誰だと思っておる」  此処に咲き乱れる花々よりも笑顔を満開に咲かせた白は、柔らかな尻尾を千切れんばかりに大きく振ると僕の手を引く。 「ちと用事だ……こっちへ来い」
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