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白が散って暫く、僕は放心状態でただ座り込んでいた。
僕の虚な瞳が捉えるのはさっきまで彼女がいた場所であり、そこで今なお揺れる桃の花弁は何事もなかったように地面へと舞う。
「……螢」
僕の肩を躊躇いがちに叩いた昴に振り返った僕は、心配そうに見つめる昴の表情に何故か安堵する。
「帰ろう……俺達も」
昴にしては珍しく、慎重に言葉を選んで発せられたであろう気遣いに心が暖かくなった僕は、ガラガラの声で「そうだね」と答えた。
「ひっでぇ声……帰りにコンビニでも寄るか?」
ケタケタと笑った昴は、僕に手を差し出す。
「そうだね……あっ、文化祭の時のアイスって……」
そういえば……と、クラスの売り上げを競って昴が提案した賭け事を思い出した僕は、売り上げの総額を思い出そうと頭をフル回転させながら昴の手を掴む。
「あぁ……忘れたてた、ソレ……まぁ良いじゃん、今日は俺が特別に奢ってやるって!」
ぐいっと勢いよく僕を引っ張り上げた昴は、僕の肩を組んで笑うと、その笑顔が伝染して僕も昴と同じように笑う。
「ありがとう」
少し照れ臭く呟いた言葉は僕の中で色々な意味を持っていた。
何だかんだと励ましてくれた昴へ。
優しく静かに見守ってくれた先輩へ。
口悪く背中を押してくれた柳田君へ。
そして、全てのキッカケを作ってくれた白へ。
──今度は、僕が返す番だから。
耳に残る『雅』の音色が、僕の心をそっと掬い上げる気がした。
─fin─
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