7人が本棚に入れています
本棚に追加
***
その翌日も、私は卵焼きとベーコンを焼いた。
さらにその翌日も、そのまた翌日も。
私はそのたびに、なんとなく気になって卵の殻の裏側を見てしまう。そして、殻の裏にある黒いシミのようなものに気付くのだ。最初は一点だった染みは二点に増え、三点に増え、四点に増えた。横に二つにならび、その真下に縦に二つ。私は気づいた。横並びの二点は目玉。真ん中の点は鼻、一番大きな下の点は口を示していることに。
――なんで、卵の殻の裏に、顔があるの?
よくよく考えたらこれはおかしい。私は毎日、違う卵を使っているはずである。なのになぜ、まるで見るたびにシミが増えていくような構図になっているのだろう。
さらに奇妙なのは。私は初日に“ベーコンは最後の一個だな”と思っていたし、“卵は残り三個だな”と思った記憶があるのである。それなのに何故、毎日のように使っても卵の残り数もベーコンの残り数も減らないのだろうか。
果たして、何日が過ぎたのか。
卵の殻の裏に浮き上がった顔に、明確に黒い輪郭が現れ始めた時。私は、キッチンでスマートフォンを見て青ざめたのだった。
「今日、何日……?」
どうして、スマートフォンには、時刻は表示されているのに日付と曜日が表示されていないのだろう?
スマホだけではない。いつも覗いている掲示板もそう。私のブラウザからでは、どこを見ても書き込みの日付が表示されていないのだ。
いや、もっとよくよく思い出してみれば。最初に目玉焼きを作ったその日から私は――目玉焼きを作る以外のことをほとんど何もしていない。精々、お茶を入れてスマホを見るくらい。バイトに行かなきゃと思っているのに、この部屋から出た記憶もないどころか、風呂やトイレに行った記憶さえないのだ。
それなのにいつの間にか寝ていて、いつの間にか次の朝が来ている。
いや、私はそもそも本当に、新しい朝を迎えているのだろうか?ただここで、延々と一人で目玉焼きを作り続けているのではないか?
――い、いやいやいや、そんなはず、そんなはずがっ……!
私は顔から血の気が引くのを感じていた。それでもなお、お腹はすくし、目玉焼きを作らなければいけないという衝動にかられる。手が勝手に動く。減らない卵を割る。そして、卵の殻の裏を見るのだ。
「あ、あああ、うああ……!」
いつの間にか。
殻の裏には、くっきりと“口を大きく開けて笑う女の顔”が浮き上がっていた――。
最初のコメントを投稿しよう!