ジョセフィーヌは生まれない

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 *** 『古市真由佳(ふるいちまゆか)。時間だ、そろそろ起きろ』 「う、うん……?」  気づけば私は、真っ白な部屋のベッドに横たわっていた。白いドア、白い天井、白い床、白い棚。窓一つなく、周囲の色が白一色であることを覗けば、普通にどこかのワンルームであるかのように思われた。  ドアは二つあり、一つは出口に繋がっていると思われる。  もう一つは開いていて、ちらりとトイレ付のユニットバスの姿が見えていた。部屋の中には、キッチンや冷蔵庫もあるらしい。生活に必要なものは、一通りそろっているといった様子だった。 「ここ、どこ……?」  私は何で、こんな部屋にいるのだろう。此処は一体どこなのだろう。困惑する私に、天井に設置されたスピーカーから声が響く。男なのか女なのかもわからない、機械で加工された声だった。 『古市真由佳。お前は選ばれた。ミッションをこなせば、自動的にドアが開いてそこから出ることができるだろう』 「……ミッション?」 『そこの円いテーブルの上に、卵が置かれているのが見えるか?それを孵化させること、それだけだ。孵化に成功するまでは、お前はその部屋から出ることができない。なんとしてでも成功させろ、いいな』 「え、ちょっ……」  突然なんだ。なんの話だ。私は混乱しながら、ベッドから降りた。  そして、部屋の真ん中に丸いテーブルがあり、その中心に紫色のクッションが置かれていることを知る。  クッションの上には、真っ白なタマゴが置かれていた。なんの変哲もない、鶏の卵のように見える。サイズも鶏の卵と同じくらいだ。 「孵化させろって、これ?何でそんなことしなきゃいけないのよ?」  問いかけるものの、スピーカーは沈黙してしまっている。これが鶏の卵であったとしたら、受精しない限り絶対に孵化することなんてないというのに、連中はそれがわかっているのか。  そもそも、これは明らかに組織だった犯行である様子だった。何故、自分が突然誘拐なんてされなければいけないのか。手足を縛られているわけではないし、見たところ生活に必要なものはそろっている様子だが。それでも実質、監禁されていることと変わりがない。なんのために、こんな手間もリスクもあることをしているのか。 ――本当に、これを孵化させるまでここから出られないの?  トイレと風呂以外のドアは、やっぱり開く気配がない。そして、窓もないから外の景色を知ることも叶わない。私は仕方なく、テーブルの上の卵を手に取ったのだった。  その瞬間。 「!?」  私の頭に、びりりりり、と強い衝撃が走った。  それは、恐怖。この卵を一刻も早く返さなければいけないという焦燥感とともに、私の体をがくがくと震わせ始めたのである。 「や、やだっ……!」  何が怖いのか、自分でもよくわからなかった。ただ本能的に察したのだ。この卵は、世界の命運をも左右する重要な存在だと。これを孵さなければ、自分はただ死ぬだけでは済まない。もっと恐ろしい目に遭うに違いない。何故か、強く強くそう確信したのである。 ――卵を孵すためには、あっためないといけないはず。で、でも……!  こすこす、こすこす。卵をこすったところで、ひんやりとした殻にはまるで温度が伝わらない。私は卵を持ったままキッチンに駆け込んだ。何か使える道具はないものか。冷蔵庫に入れるのは論外。電子レンジも絶対にダメだ。お湯につける?――いや、自分はこれを孵したいのであって、ゆで卵にしたいわけではない。間違いがあっては絶対にいけないのだ。  どうにか、人の体温程度で温め続ける方法はないものか。布団の中に入れて一緒に寝るだけではまったく足りないような気がしている。 ――こ、こうなったら!  私はキッチンの包丁を取り出した。  人間の体は、表面より体の中の方が温かくなっているはずだ。体の中に入れて温めれば、きっと孵化させることもできるのではなかろうか。  私は右手で包丁を握ると、己の下腹部に躊躇いなく突き立てたのだった――。
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