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ここがどこだか思い出したら足の震えは止まるどころか、冷凍庫にいるのかと思うほどガクガクと全身に広がってきた。
柔らかなヒーリング音楽なんかでは、到底癒されないし、恐怖は増すばかり。
ダメだ。
不安感で焦点が合わなくなってきた。
無理だ。
やっぱり帰ろうと腰を上げかけた時名前を呼ばれた気がして、動きがとまる。
「田辺さん、田辺……樹さん」呼ばれている。もう逃げられない。
褐色美人が、こちらですとマスク越しに大きな声で呼んでいる。
僕を黄泉の国へと誘っている。
うっかり、その美しさについて行ってしまうと……きっと地獄が待っている。
そうだ! きっとそうだ。
ここは地獄なんだ!
「どうかしましたか?」
不審そうに僕を見て、扉の前で佇んでいる。
「うあ、あ、はい」ゴクンと喉が鳴る。
先ほどの現実逃避から戻ってきたが、足元がおぼつかない。
フラフラと夢遊病者のように歩き出す。
促された、部屋の中へ滑り込んでいく。
後ろで扉が絶望の音をたてて閉まる。
意識が朦朧とする中、目の前にさっき扉の前で別れたばかりの女性が立っていた。目をこすり、よく見る。
なんだか不思議な国に来たような感覚になりフワフワと視界が揺れている。
歩いているのか、止まっているのか自分でもわからない。
恐怖と不安でグルグルと黒目をまわし、気分が悪くなり倒れるんじゃないかと思って一度目をギュとつぶる。
そんな事はおかまなしに早くしろと言わんばかりに「どうぞ」と強く言われた。
案内された席は真ん中で、隣同士がパーテーションで区切られていた。
椅子にゆっくりと乗り、寝そべる。
目の前には大きな窓があって、手入れされた庭が見渡せる。
閉塞感が薄れて良いとは思ったけど、足りない。まったく足りない。
僕が、リラックスするには綺麗に咲いた花だけじゃダメだ。
「エプロン着けさせていただきますね」そう言って南国風美人の顔が近づいてきた。
「ひゃい」
まあ、変な声で返事するよね。怖いんだもん。
あれ? この人、さっきいた……?
「あ、あの……受付にいましたよね?」
「いいえ。居ません」
案内してくれた女性とそっくり。いやどうみても同一人物だ。なのに違う? とは……。さては。
「ふ、双子さんですか?」サッとエプロンを着け、紙コップを用意している彼女に更に問いかける。
「いいえ」マスクをしていてもわかる程の不愛想な答えが返ってくる。
確かに長いウェーブの髪は同じだが後ろで一つではなく、三つ編みにされてグルリとなっている。
これ以上聞いても無駄だと思い、大人しく座っていると再び緊張が襲ってきて体が硬くなる。
これから何をされるかしっかり把握できれば、怖さも半減する……気がする。
僕はあたりをキョロキョロと見た。
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