第1診察

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第1診察

 春の陽光がまだ暖かく降り注ぐ金曜の午後。  僕は学校を早退してここに来た。  ピアノの旋律が光の様に待合室にきらめきを満たしている。  少しでも、ここを訪れる人が落ち着くように……と。  このまま心地よい眠りに……おちたい。  むしろ。ぜひ、このまま闇におとして欲しい。  この世で1番目に来たくない場所に、今、僕は居るのだから……せめて夢の中へ行かせてほしい。  先ほど渡された問診票にはもう書くことはない。クリップボードに挟まれた紙のはじを少し折って丸めて折って丸めてを繰り返す。  何度も何度も逃亡したくて、でも出来ない。  ……出来ないくらい、僕の頬は腫れあがっていて脈うつごとに、なんとかしろ、どうにかしろ、と主張し続けていた。  ほぼ、空気椅子のようにわずかに三人掛け用ソファにお尻をのせて座っている。  落ち着かない視線は制服のスラックスの生地でとまり、そこを凝視し続けている。  そろそろ透けて自分の素肌が見えるんじゃないかと思うほど時間が経っている。  ……気がしただけで壁にかかっている時計を見ると、ほぼ針は動いていない。長い、とてつもなく時間が進むのが遅い。  他に人がいないことを良いことに、はあ、と大きく溜息をつく。  急に問診票は書き終えましたか、そう聞かれてギシッと固まる。  驚かさないでくれ。急に声をかけないでくれ。    僕は、今、本当に、余裕が、ない、んだ。 「ご、ごめんなさい、書き終え、まし……」言いよどんで強く握っていたボードを持ってモジモジしていると、消毒液の匂いがする褐色の腕が目の前に差し出されたのでボードを渡す。  長いウェーブの髪をひとつに結んだ南国風美人が立っていた。  ボードを受け取って言葉少なに「大丈夫です」とマスクの下から発してから戻っていった。  マスクしていてもわかるほどホリの深い顔。  凄い美女だ。  受付の女性だったかな? 海外の人かと思った。バックにヤシの木と青い海が見えた気がする。  めったに見かけない美人にブワワと心が躍った。  ああ、ここが僕調べランキング。  ワーストワン恐怖スポットじゃなければ……美女に会えて素直に喜べたのに……。
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