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第一章 第1話 「この修道院には、秘密がある」
(UnsplashのEmber Navarroが撮影)
国王正規軍、司令官公子のイグネイ卿は、焼けつくような暑さから一歩、修道院にはいった。信じられないほど涼しく、すべてが静まりかえり、ほのかに礼拝用の香が匂った。
「ここだけは、池の底のようだな」
白銀の鎧をきしませながら、イグネイは副官に言った。短く切った黒髪から一気に汗が引いていく。
副官はまだカブトも取らずに鋭い視線を修道院の石壁に向けた。
「さようですな、公子。しかしここは戦略上、重要な土地です。断じて、ただの修道院長にまかせておける場所ではありません。
われら正規軍が常駐して、守らねば」
「それを修道院長に言ってくれ。私は交渉が苦手だ」
「は。お任せください」
イグネイは黙って歩いた。廊下には敷物が敷かれ、踏むたびに石床と金属がぶつかる音が鳴り響いた。
この修道院には『秘密』がある、とイグネイは思う。
俺が欲しいのは修道院じゃない、反乱軍の制圧も、戦略上の拠点もどうでもいい
俺が欲しいのは――たった一つの秘密なんだ。
それを手に入れるまで、イグネイはこの修道院を離れるつもりはなかった。
たとえ王命がくだっても――。
イグネイ・ガンウォーリス・アルタモントは望みの『秘密』を、手に入れるまでぜったいに、この修道院を出ていかない。
そう決めているのだ。
石造りの部屋で対峙した修道院長は、痩身を黒衣で包んだ考えぶかそうな老人だった。
丁寧になめした革のような皮膚に、ふさふさした白い眉毛。
となりには二十代半ばに見える修道士が立っている。イグネイと同じくらいの年齢だろう。こちらは修道士らしくない、がっちりした体形の男だ。
日々の祈りと農作業だけで、これほどの身体が作れるものか?
それとも、この男の主な仕事は祈りに限定されていないのだろうか……。
イグネイは喉元を指でひっかいた。
……こいつの仕事は、突然やってきて修道院を明け渡すように迫る、王軍の司令官を追い出すことじゃないか……?
修道院の一室に座り、イグネイは持参の銀のゴブレットから、持参のワインを飲んだ。
完全に安全が確保できている場所以外では、持参したもの以外は口にしない。
毒殺が多い時代だ、注意をしすぎるということはない。
隣では副官がおなじように持参のゴブレットにワインを注いでから、修道院長の前へ持っていった。
そして拒否をゆるさない声で、今すぐ修道院を明け渡すよう命じている。
「これは王命です、修道院長。否やは言えません」
「突然、そういわれましても――この修道院はつくられて200年以上たつ、古い祈りの場です。われら修道士100名、たとえ王命であっても、今すぐ立ち去ることはできません」
このままでは話が進まない。イグネイはひんやりした修道院の匂いをかぎながら、口を開いた。
「修道院の外では、兵士たちが汗を絞りながら槍と弓をかまえている。そうだな、副官」
「はい、司令官公子どの」
「彼らは私の指一本で、たちまちこの修道院の中に入ってくる。
すべてを叩き壊す、火を放つ。かんたんだ。
200年たった礼拝堂も100人の修道士も、あっというまに丸焦げになる」
瞬時に、修道院長の隣にいた男が殺気を放ってきた。騎士であるイグネイがたじろぐほどの強い殺気だ。
やはり、ただの修道士ではない……。
イグネイはにやりと笑い、黒い目をきらめかせた。
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