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第4話「身に耐えかねるからこそ、秘密を手放す」
(UnsplashのRyan Miglinczyが撮影)
かすかに息を切らせた修道院長は、深い皺のある額に汗粒をうかべ、肩で息をしていた。
「取引は中止しません。ただひとつ、警告を。
かつて『秘密』を請け出したものはいません。秘密は番人のものです。
貴方を『森の庵』に案内した後、何が起きるかは……」
修道院長は呼吸を整えると、ゆっくりと話しはじめた。
「何が起きるかは、わかりません。
貴方の身がどうなるか、この修道院がどうなるか、まったく予測がつかないのです。
おそらく修道院が作られて以来、200年を生きている『森の番人』を見たものは、誰もいないのです」
「あんたは番人の居場所を知っているじゃないか」
「いいえ。『聖なる森』の道を、途中まで知っているだけです。
私は『秘密』を預かると、瓶を『聖なる森』の決まった場所に置きます。それで帰るのです」
イグネイは眉をひそめた。
「秘密は、どうなる」
修道院長の白いひげが揺れた。
「わかりません。だが次の秘密を持っていくと、場所は空になっている。前の秘密が置きっぱなしということはありません。『 森の庵』へ運ばれると言われています。
だが、だれも『番人』を見たことはない……」
「つまり『番人』が持っていくわけだな、その『森の庵』とやらに」
「おそらくは……。
なにひとつ明確にわかっていることはありません。ただ一つ言えるのは」
修道院長は深く落ちくぼんだ目で、じっとイグネイを見た。
「『秘密』は秘密のままにしておくほうがいい。
人は、この世にあってはならない事を抱えつづけることはできません。
身に耐えかねるからこそ、秘密を手放すのです」
しん、と沈黙が二人の間に落ちた。分厚い石壁へだててすら、夏のにおいがする。
焼けたような、焦れたような、叫びだしたくなるほどの熱気。
イグネイが声を絞り出した。
「たとえ世界が壊れようとも、俺は、俺の名をとりもどす。それだけだ」
「……名を取り戻すとは? あなたはイグネイ・ガンウォーリス・アルタモント。
アルタモント侯爵の末子で、この修道院を占領するために来た王軍の司令官。そうでしょう」
「俺が、そう名乗っているだけだ。疑いを持たないのか、修道院長?」
イグネイはひんやりした風が吹く修道院の廊下で、不敵に笑った。
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