第4話 アンダルシアに憧れて (3/3)

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第4話 アンダルシアに憧れて (3/3)

「……ホテルどこ? 送るよ」  キスが終わった時には二人とも呼吸が乱れてる。とても喋れそうにないから、俺は財布からホテルカードを出して無言で渡す。彼はチラ見して頷き、俺に返してきた。  店を出てタクシーを捕まえ、行先を告げた途端、彼が再び俺の頬を両手で包んで貪るように口づけてきた。ああ……いい男にがっつかれるの堪らん……。うっとりしながら彼の太腿を撫でさすると、色っぽい喘ぎ声が漏れた。  ホテルのカードキーを財布から取り出す指が震えて、すぐに出てこないのがもどかしい。俺が苛々と鍵を探している間に、彼は俺を部屋のドアに押し付けて、耳や首筋を唇でくすぐっている。壁ドンされるの久し振りだな。嬉しい。いや、でもこれじゃ、廊下で盛ってしまいそう。 「ホセ……。ちょっと待って……っ」  ホセはまるで薔薇を摘まみ上げるかのような優雅な指先で、器用にカードキーを抜き取る。ドアにかざしてロックを解除すると、俺を抱いたまま踊るように滑らかに部屋に入り込む。くるりとダンスのパートナーを回転させるように俺の腰をサポートする。なんだか自分の身体が軽くなったみたいだ。 「ユキは羽根のように軽いな。日本人は、みんなそんなに細いの?」  お姫様のようにベッドに横たえられ、ホセが啄むように俺の顔じゅうにキスを降らせる。欲情剝き出しのエロティックなキスも好きだけど、ロマンティックなのも好きだ。可愛がられるのも大好き。彼の髪に手を入れて梳く。 「鍛えてるつもりなんだけどね……。筋肉が付きにくい体質なんだよ」 「うん。確かに、鍛えてるのは分かる。しなやかだ」  キスしながら身体をまさぐられ、シャツのボタンを外され、俺は甘えるように鼻を鳴らしながらも負けじと彼の服を脱がせる。欧米人は概してセックスに積極的な相手が好きだ。マグロだと、『僕とシたくないの? それともヴァージンなの?』とむしろ心配される気がする。  グイっとプルオーバーの下から手を入れて上に引っ張ってホセの服を脱がせると、適度に盛り上がった胸筋に、俺はゴクリと生唾を呑む。  ベッドの上で絡み合って、互いに服を脱がせ合って、身体のそこかしこにキスをする。踊った後の彼の身体は温かい。鞭のようにしなやかな筋肉。引き締まったお尻を手のひらで包む。 「ああ、ホセ……。すごくセクシーな身体付きだね。もっと触らせて」 「ユキこそ。華奢で関節が柔らかくて、少年みたいだ。もしかして、ダンスやってる?」  彼に胸の尖りを吸い上げられ、下半身すら芯を持ち始めて俺は小さく呻いた。 「んっ、はあ……。踊ってたのは小さい頃少しだけね。バレエ習ってたんだ。だから、あなたの凄さが少しは分かったつもり」  彼の質問には答えたものの、まだ口で可愛がってもらってない右の乳首が寂しがっている。こっちも、と、身を竦めて小さく屹立するこれを背中を逸せて突き出す。ホセはニヤリと唇の片端を引き上げた艶かしい笑みを浮かべて乳暈(にゅううん)をやわやわ舐めてくる。 「あん、ホセ……。ねえ、焦らさないで。さっきみたいにして欲しい。吸って」  俺たちは無我夢中で互いを貪り、そして与えあった。自分も気持ちいいし、相手を気持ちよくさせようとする気遣いもある。大人の、いいセックスだった。  お互いに達した後、仰向けの俺に覆いかぶさって来た彼の肩に、星の形の刺青を見つけた。 「あ、エストレージャ()」 「そう。北極星がいつも北を指すように、俺の行くべき道を示すようにね」  軽く目を眇めた彼の表情に、なぜか寂しさを感じた。無言で、話を促すように彼を見つめ続ける。 「今じゃ、本当にジプシーの血を引くフラメンコダンサーなんて滅多にいないんだ。それに、元はと言えば、アンダルシアに閉じ込められて自由な放浪の旅が終わった苦悩を踊っていたのに、こうして他の土地でも幾らでも踊れる。……そうすると、俺は何のために、どこを目指して踊ってるのかなって思うことがあるんだよ」  彼は天井を向いている。でも、その視線は遥か遠い星空を見つめているかのようだ。 「ホセが舞台に出てきた瞬間、鳥肌が立った。本物のダンサーだなって。あなたは俺のエストレージャ()だよ」 「ふふ。ユキはいい子だね。マイプレシャスって言いたいけど、君みたいな魅力的な子は、きっと来週は別の男のベッドにいるんだろうな」  ホセは薄く苦笑いを浮かべて、まだ汗ばんでいる俺のこめかみに小さく口づけた。 「ねえ、ホセ。俺、またバルセロナに来る。連絡先ちょうだい。もう一度会いたい。今夜を最後にしたくないよ」  ベッドに上体を起こした彼の腕を掴み、必死に訴えたが、仕事とセックスの疲労で俺は気絶するように眠りに落ちた。翌朝、気がつくと俺は柔らかなスプレッドに包まれて一人でベッドに寝ていて、サイドテーブルには一枚のメモが残されていた。 「またいつか君の星になれたら。José XXX-XXX-XXXX」  ああ。電話番号は貰えたけど、また来るよって言ったけど……。  次に俺がここ(バルセロナ)に来るのは、一体いつなんだ?  再来週には東南アジアへの出張が決まっていることを思い出すと、すでにこの恋を失いつつあるような予感で胸が痛い。俺はベッドサイドに置かれていた水のボトルを一気に呷った。込み上げる涙が溢れないように。
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