0人が本棚に入れています
本棚に追加
気のせいだろうか。少しばかりまさみさんの目が潤んでいるような気がした。
「三石君、お久しぶり。いつ戻ったの?」
まさみさんに声を掛けられて、さわやかな好青年はしゃがんだまま振り向くと、嬉しそうに勢いよく立ち上がった。
「尾澤さんじゃないですか!お久しぶりです」
二人の会話が盛り上がっている脇で置いてきぼりにされた私は、聞き耳を立てるでもなく何気に二人の会話を聞いていた。どうやらこの好青年は三年前までは市の職員だったが、劇団員になる夢が捨てられずに突然仕事を止めて東京に単身乗り込んだのだそうだ。数日前に父親が病気で倒れたので急遽地元に戻ってきたのだという。ただ、その病気も大したことはなく、明日には東京に戻るらしい。今日は病み上がりの父親の代わりに地元の清掃の手伝いをしているとの事。
「‥‥‥でね、脇役とはいえ僕のその役はストーリー上とっても重要な役で」
「役が貰えただけでも凄い事じゃない」
こんなに楽しそうに話すまさみさんを見るのは初めてな気がした。
「と、余りおしゃべりばかりしてると怒られちゃうから戻るね」
「そうね。私も職場に戻るわ」
清掃に戻るその人を見送るまさみさんの背中が、何故か寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!