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「父の薬が効くまでの間だ。早く効けば解放される」
その言葉にナージは振り返って後ろにいたサリーを軽く睨みつけた。
「……睨まれても、早くは治りませんよ」
サリーがそう言うと、ナージはがっくりと肩を下ろし、その向こうでシャリーフは口に手をやり笑っている。昨日までの緊迫した気持ちはかなりなくなって、サリーは二人の様子を見ながら仲がいい二人だなあとぼんやり見ていた。
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朝の日課は庭の手入れから始まる。ちゃんとした庭師がいるのだが、最終的なチェックをするのだという。そのあとはシャリーフの朝食の手伝い。片付けやシャリーフの執務の用事をこなし、午後は城の修繕箇所などのチェック。シャリーフに来客があれば対応し、外出があれば付き人として一緒に出かける。細々とした業務が続き、なかなかの労働だ。
ある時、サリーはナージにこれだけの量を一人でこなしていたのかと聞いた。するとナージはそれぞれの先に使用人たちがいて、自分は皆に支えられているだけだから大したことはしていないと言っていた。
(夏の国の民は仲間意識が強いと聞いたことあるな)
自分の国が仲が悪いわけでは無いが、夏の国の民に対して時々感じるのは人々がとても生き生きしているということ。
褐色の肌、明るい笑い声。燦々と注ぐ日光に雲ひとつない青空。夏の国はなんだか解放的なのだ。
(そういえば、こっちにきて雨の日がないな)
シャリーフたちに初めて会った日から早くも半年が経っていた。
この暑さにもだいぶ慣れてきたとはいえ、まだまだ暑い。それに日々気温が上がっている。ナージもすっかりサリーに慣れて、最近ではサリーに簡単な仕事なら任せる時もあった。サリーも根は真面目なので、任された仕事を懸命にこなしていた。今では他の使用人とも話す時がある。新入りのサリーに戸惑うことなく接してくれている。
今日は街に買い出しを頼まれ、荷物を持ちながら汗を拭く。今日は一段と日差しがきつくて痛いほどだ。それでも周りの町人たちは平気な顔をしているから、やはり冬の国の民とは体の構造から違うのだな、と苦笑いしていた。ベンチに腰掛けて、腰にぶら下げた水筒を手に持ち、蓋を開けて水を飲む。
「さあてあとひとつ」
シャリーフの好物だという、桃。城にもあるのだが、この市場のがうまいとナージが言っていた。それなら、シャリーフに買って帰ろうと思ったのだ。サリーが買ったものをシャリーフが食べてくれるかは、分からないが。
喉を潤したサリーは水筒をまた腰にかけてベンチから立ち上がった、その瞬間。サリーの見ている世界がぐらり、と回転し目の前が真っ暗になった。
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