キミアレルギー

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「佳奈子」  ハッとして顔を上げた、彼が心配そうに私を見ていて、傍らに座っている娘も私のほうをビー玉のような目で見ている。 「どうかした?顔色が悪いけど、もしかしてそれ、卵入ってた?」 「あ、ううん。大丈夫、なんともないよ」 「ママ、おなかいたい?」 「大丈夫よ、ありがとう。おうどんまだ食べる?」 「たべるー!」  フォークを高々と掲げる我が子の可愛さに笑みが零れる。カラになっている子ども用の小さなお椀に、自分のうどんから少し分け与えてやった。  ここの水族館は、あと数日で閉館してしまうらしい。地元で唯一の水族館だったからか、最後ということにあやかっていつもより客数が多い気がする。 「この後イルカショーあるみたいだけど、みさき、イルカ見たいか?」 「みるー!」  イルカが何のことかわかっていないだろうが、元気に返事する娘の頭を夫が撫でる。幸せに浸る二人を見ると、無理やりにでも帰省してよかったなと思う。  大学を卒業して、東京の企業に就職した。その営業先で出会った彼と一昨年結婚して、すぐに妊娠。娘を出産して、ある程度したら私も彼もすぐに職場復帰してしまったから、帰省ができなかった。  両親に孫の顔を見せてあげたかったため、二人して有給を取って帰ってきたのだけど、水族館が閉館すると知って、「行こうよ」と誘ってくれたのは彼のほうだ。私はこの水族館にいい思い出はあまり無い。  最後に来た思い出が最悪だから、そう思ってしまうのかもしれない。結局、あの日私が彼のアパートを飛び出してから、彼が追いかけてくることも、連絡が来ることもなく、彼は何も言わずサークルも抜けてしまった。 「じゃあ行こうか」  トレーを片付けてくれた夫が戻ってきて、娘を抱っこして持ち上げた。反対の手を私に差し出してくれるから、その手を握って、席を立つ。  彼よりも大きくて分厚くて、頼りになる手。握られる強さから、守られている安心感を得られる。
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