藍色の、彼は。

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6月の終わり頃に、本当に町田さんと海に行くことになった。まだ、少し海に行くには涼しいと感じる季節だが流木や貝殻を採集するくらいなら、ちょうどいい時期だろう。 待ち合わせより9分ほど先に着いたので「早く着きすぎました。待ってます」と、連絡した。早く着きすぎたと言ったものの起きたのは、けっこうぎりぎりの時間だった。化粧を大急ぎで済ませたが、割と上手くいったと思う。 待ち合わせ場所の、海水浴場入り口前のベンチで待っていたら「良かった、晴れましたね」と言いながら町田さんは、手前のバス停の方から歩いてきた。私は、無難だろうと思って着てきた白いワンピースを少し恥じた。町田さんが、シンプルな白いシャツに紺色のハーフパンツを合わせてきたので知らない人が遠目で見たら、そういう関係に見えるかもしれないなどと考えた。 そんな、私の気持ちは露知らずか「わ、素敵なワンピース」と町田さんは、楽しそうに言う。 「あー、ありがとう御座います。普段、海とか来ないし、何着てきたらいいか分かんなくて」と私は、言い訳くさくなった。 「いいと思うよ。俺も、こういう目的でしか海来ないから、よく分かんないけど」 町田さんは、ベージュ色のプラスチックのカゴにレジ袋やジップロックを数枚ずつと、小さなスコップなども入れていた。 海開き前の海水浴場の入り口から小道を抜けると、やはりまだ少し涼しい景色の海が広がっていた。 町田さんが松林の方の海岸に流木を探しに行くと言うので、私はジップロックをもらって貝殻を拾うことになった。 白いワンピースを恥じる必要は、無かったかもしれない。これは、デートではなくボランティアである。 町田さんが流木を探しに行ってからというものの、私は貝殻拾いに一人熱中した。ピンク色の可愛らしい桜貝と思わしき種類もあれば、茶色やグレーの渋い色をした巻き貝など様々な種類のものが見つかった。 栄螺の蓋のようなものも見つかったが、誰かが食べた後かもしれないと思い、栄螺は排除することにした。牡蠣の貝殻も、同じ理由で拾わなかった。 ジップロックが半分くらい貝殻で満たされたところで、町田さんは現れた。 「貝殻、どんな感じですか?」と言いながら、思っていた以上のでかさの流木を引きずってきた。中がそんなに詰まっていないのか、そこまで重くは無さそうだがそれでも少し息切れしている。 「え、割と大きいですね」 「そう、今から友達が車で来てくれるから。それに乗せていきます」 友達が来ることは、知らされていなかったがこれだけの大きさの流木を持ち帰るならば、車は必要だろう。 「なかなか、けっこう良いバランスですね」と採集した貝殻を褒めてくれた。それから、小一時間は一緒に貝殻を拾った。 町田さんが「これは、だめだな」と言いながら、栄螺の蓋を一度摘まんで捨てたので拾わなくて正解だったと内心、安堵した。 「貝殻や流木は、何に使うんですか?」と聞くと一度、無視された。作品については、あまり聞かない方が良いのだろうか。ただ、二拍くらいおいて町田さんは「まだ、言えない」と答えてくれた。 その後は二人で、黙々と小一時間は貝殻を拾っていたが町田さんの友達が来て、貝殻採集も無事終了となった。貝殻を拾うだけでも、割と汗をかいた。ジップロックは、合計3枚いっぱいになった。流木を引きずっていた町田さんは、シャツの背中部分が少し濡れるくらい汗ばんでいた。持ってきたタオルが二人とも、小さすぎたと思う。 海岸の広い方の入り口から、軽トラックが入って来た。軽トラは、入り口の脇に停まり中から、緑色のTシャツを着た茶髪パーマにサングラス、タバコをくわえたいかつめの男性が出てきた。 私たちの近くまで来ると、タバコの煙を一回吐いて「デートっすか」とにやけながら聞いてきた。 気まずい笑いかたをしながら、町田さんは「ありがと」とだけ言って端に置いていた流木を引きずってきて男性に手渡した。 「城之内くんです」と一言だけ、紹介されたので初めましてと笑顔を作って言いながら、お辞儀をした。 「あー、はじめまして。いつ知り合われたんですか?」と聞かれ、私が答える間もなく町田さんが「ギャラリーのお客さん」と短く答えた。 「え、邪魔じゃないすか俺」 「邪魔じゃないよ?俺が呼んだし」 「まじすか」 「え、どうしよかな。これから」 町田さんは、私と城之内さんの顔を交互にきょろきょろとうかがいながら少し、困った顔をした。 「俺だけ、こいつ持って帰りましょうか?」と城之内さんが言い、え、悪くない?などと町田さんは気づかいつつも、そうすることにされた。 町田さんに「今度、何かおごるね」と言われた城之内さんは、ビールを飲むようなジャスチャーをしながら「お願いします」と言いつつ、笑顔で砂浜を去っていった。軽トラが、音を立てて海岸を出ていくのを見送った。 軽トラックが出ていったのを、しっかり見送った後で町田さんはまた「え、どうしよっか」と気まずそうに笑った。 町田さんが、貝殻を置きに一先ず家に帰りたいというので、それに着いていくことになった。「お忙しいと思うし、帰りますね」と、言ったが「付き合わせたし、お礼させて」と言われ断りきれず着いていった。 海岸を出て10分ほど歩いた先のコンビニで、ロールケーキを買ってくれた。町田さんは、缶コーヒーとおつまみ用のピーナッツやスナック菓子をポイポイっと買い物カゴに入れてレジに進んだ。 コンビニを出ると、少し曇り始め歩いていたら少し小雨まで降り始めた。町田さんの住む家は、コンビニから出て15分くらいのところで着くまで「どうしよう」とか「雨降ってきたね」とか「家は、どのへんなのか」とか話した。 家に入る前に「名前、なんだっけ?」と言われた。「ゆいかです」と答えると「へえ、ゆいかちゃん」と呟き、キーチェーンに繋いだ家の鍵でドアを開けた。
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