藍色の、彼は。

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家に入ると、白い壁と木目調のテーブル、ナチュラルテイストな感じのインテリアで構成された部屋だった。女性の部屋と言われても、あまり驚かないほど小綺麗でさっぱりした部屋だが、テーブルの上の大きなガラス製の灰皿には今朝、吸ってきたのだろうとみられる吸い殻。 「ロールケーキ食べなよ。テーブルあるし、適当に座ってて」 町田さんは目も合わさずにそう言って、ロールケーキの入ったレジ袋を私に手渡して台所の方に行ってしまった。レジ袋には、プラスチックのフォークも入っていた。 「お茶がないから、コーヒーでいいですか?」と台所の方から、少し大きな声で聞いてくる。「あ、はい」と返事をしたが、届いているのかわからなかった。 テーブルの前のオレンジ色の丸いクッションに、ペタンと座ってみる。 レジ袋を開けると、ロールケーキはパッケージの中がクリームで少し汚れていた。けっこう歩いたから、揺れと外の温度でこうなったのだろう。 町田さんが買ったおつまみと缶コーヒーを手前の席に並べるなどして、自分が食べる分とそうでない分を仕分けてみた。そんな事をして、そわそわしているうちに町田さんが台所から戻ってきた。 「ゆいかちゃんは、お砂糖とかミルクとか入れる人?」 「あ、お砂糖だけです」 「はい、雨降ってきちゃったね」 「そうですね」 「タクシー呼ぼうか?働かせちゃったし、交通費出すよ」 そう言って笑いながら、缶コーヒーをプシュッと開けて上を向いて飲んだ。喉が渇いていたのか、ブラック無糖をぐびぐびと飲んでいる。 缶コーヒーを飲みほした町田さんは「どうする、泊まる?」と聞いてきた。 「いえ、着替えとか持ってきてないし」 「着替え、あるよ。旅行で高いホテル行ったときにさ、もらった女ものの下着があったはず。朝は、俺のシャツ一枚貸すから」 「いや、そういうわけには」 「そう?」 ちょっとつまらなそうな返事をして、おつまみのスナックを両手で引っ張って開けた。どうぞ、と町田さんは言ってベランダ側の窓を開けて、そこで煙草を吸いだした。 「ゆいかちゃん、今回はなんで観に来たの?一回目はさ、なんかこう、フラッと入ってきてくれた感じだったじゃん。また来てくれた理由が知りたいな」 町田さんが、だんだんとタメ口になってきたなぁとここで気づいた。少しずつ、口調を砕けさせてきている感じがする。 「いや、元彼氏と別れたり他にも色々あったり疲れちゃって。町田さんの作品観てると落ち着くし観に行ったら、癒されるかなと思っちゃって」 「へぇ」 「疲れてる時って、何も見る気が起きないんですけどね。共感するとか、そんな大そうなことじゃないんですけど。町田さんの作品は、そういう時の私を疲れさせないんですよ」 「そうなんだ。どっちかっていうと、俺は癒し系なのね。ゆいかちゃんの中では。ははっ」 「そうかもしれないですね」 タバコを前歯で噛んだまま、くぐもった音で町田さんは少し笑ったので私も、「あははは」と小さく笑い返したが、なんだかこういう話はこういう話で、気まずいなと感じる。 「俺は、つくった作品が誰かにササルとか心を撃つとか、そういうことを求めてるんですよね。もちろん、見て美しいものを作りたいってのはあるよ。うーん、ゆいかちゃんの心にとっては、癒しになっちゃったか」 町田さんは、煙草の吸殻をテーブルの灰皿に捨てに戻ってきた。そして、私の前でよっと声を出し、胡坐をかいた。
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