藍色の、彼は。

4/4
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「私の感想、嫌でしたか?すみません」 疲れないというのは、感動がないという風にとられてしまったかもしれない。細かに言うと、決してそんなことはないのだが、上手く自分の感想が伝わらなかったと少し後悔を感じた。 「嫌じゃないよ。ただ、想定外だっただけ。俺が作ったものに、そんな力があったのかって。ちょっと、面白い。俺に会って癒されるって言う女性はよくいるけど。それは、俺自身のキャラクターに対してのことだろうから。俺の書いた絵を見て、疲れないって感想言う人はなかなかいない。率直過ぎる。良くも悪くも」 少し呆れているように笑いながら町田さんはそう話すと、まだ開けていなかったロールケーキに手を伸ばした。 「開けていい?」 「どうぞ」 町田さんは、ロールケーキのパッケージを破ると中身を取り出した。破れたパッケージを皿として、その上に裸のロールケーキを置く。 プラスチック製のフォークでロールケーキを端から掬うと、黙って私の口の前に運んでくれた。 「あー、ありがとうございます」と言って、食べた。 「うまい?」と聞かれたので、咀嚼しながら頷いた。クリームの中にナッツの砕けたものが入っている。 また、町田さんがロールケーキを掬って私の口の前に運んだので私はそれを食べた。彼は口を閉じたまま、鼻でため息を一つ吐いて、また語り出した。 「タイトルは、あえて付けないようにしてる。言葉があると、余計なミスリードを生むし逆に、鑑賞者の想像力を阻むことになるから。ホロスコープや星座の作品ばかり作っていた時はね、宇宙にでも行きたかった。何もないところに。なさそうなところに。何を見ても疲れるというのは、俺自身がそうだったんだよ。だけど調べてみると、夜空や宇宙にも色々なものがある。疲れる程に。神々の物語、数えきれないほどの塵、周期性とか。そういう面倒くさそうなものが、色々」 そう話すと、町田さんもロールケーキを一口食べた。 「砂時計は」と、私が問いかけるとうつむいてロールケーキを見ていた町田さんがこちらに、ちらっと目をやった。 「それ、前話したじゃん」 「砂時計の砂と、時間の流れの話ですか」 「そう。俺は、砂を美しいものとして描いていない。うんざりしてるんだ」 そう言って、残りのロールケーキを一気に口に頬張った町田さんは、私の頭を掴んでキスしてきた。キスしながら、床に押し倒した。互いの髪についた海風の香りと汗のにおい、ロールケーキのクリームの甘ったるさが混ざった。 腰に町田さんの左手の指が強く食い込み、大きな右手で私の首を後ろから掴んで締めるように力を入れてきた。苦しいまではないが、少し痛い。喉に届くかという奥のあたりまで、舌を入れてもくる。 そんな風にキスされながら、横目で時計を見ると夕方の6時半を過ぎていた。町田さんは、私にうんざりしていないだろうか。 【終】
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!