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 私は今、全速力で走っている。なぜならば、追われているから。  土曜のうららかな午後。暖かい日差しにつられて、そこらをほっつき歩く暢気な猫のように、用もないのに外に出て、用もないのに街中をうろつき、用もないのにショーウインドウのマネキンのコーディネートを道端から眺めたあと、信号待ちの人込みに混ざった。  道の向こう側を何の気なしに眺めると、同じく信号待ちをしている人込みがある。その中に頭一つ飛び出した背の高い男性が見えた。  ばっちりと目が合ったその人は、綺麗な顔立ちをしていて、ものすごく驚いた顔をしていた。  知り合いだろうかと思ったけれど、心当たりがなく目を逸らした。けれど視線を感じてもう一度見ると、彼はものすごく力の籠った目で私を凝視していた。 「・・・え。こわ。」  思わず漏らした時に、信号が青になった。途端に、彼は人をかき分けるようにして走り出す。  私を凝視したまま、私に向かって。 「えっ!こわっ!!」  今度ははっきりそう言って、私は踵を返し逃げ出した。走りながら振り向くと、彼はまだこちらを凝視して走っている。綺麗な顔、綺麗なフォーム、長い脚。すべてが敵に劣る私は、本気で逃げないと捕まると確信し、今に至る。
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