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『ありがと、桜。死ぬまで元気に過ごせよ』
シャッター音が響く。そのときにはもう、イチコの姿は見えなくなっていた。
「おい、イチコ」
そう声をかけたものの、返ってくるのは風にしなるしだれ桜の枝ばかり。
「んだよ、ったく。最後最後って……」
大きく息を吐いて、撮った写真を見てみる。
画面に映ってるのは、笑ってるような泣いてるような、変な顔の俺としだれ桜だけだった。
「なにがとびっきりだよ……つうか、最後ならもっと他になんかあっただろ……」
六年間のうちの六日だけ、会い続けた。
それがどうしてだったのかは今もわからない。桜なんて好きじゃない。咲いたってすぐ散ってしまう。風に吹かれてはらはらと舞い落ちる。
俺はイチコの年に追いつき、これから追い越してゆく。
それでも桜は毎年咲き、散っていくのだろう。
「馬鹿じゃねーの」
写真を消すことはできず、ひとりごちる。
哀しくはない。怒りもない。
ただ胸のなかに、大切なものをいよいよ失ってしまったんだという気持ちと、もう大丈夫だという気持ちがないまぜになって、ごちゃごちゃとして、渦巻いている。
今日は一年で一度の、桜が嫌いになる日。
イチコと出会い、イチコとさよならした、桜の咲く日。
来年の桜を見て、俺は何を思うのだろう。
俺は大きく息を吸い、腹の底に春の空気を溜め込んだ。
あの日、満開の桜の木の下で、イチコは笑っていた。
桜は散り際も美しいんだから、
美しく生きて、
美しく死んでいこう、
ねえ、桜。
仁王立ちして、そう言って。
俺はそれに呆れたんだ。
名前がサクラだからって、桜と一緒にされても困る。
イチコはまた笑った。
そして言った。
「確かに」
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