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名を呼ばれ、振り返ったときには遅かった。
シャッター音が耳に届く。自分に向けられたスマホの持ち主含め友人たちが「いえーい」とか「マジでマジで?」とか言いながらはしゃいでいる。
その頭上も、向こう側も、こちら側も、桜、桜、桜。
「うわ、マジだ」
「すごっ、桜君の頭の上、手写ってるじゃん」
俺を桜の木の下で撮ってはいけない。
中学のときに発生したその噂は、親友によって十八になった今もなおネタにされている。
「え、でもこれピースしてね?」
「ピース、だよね」
「相変わらずだねえ、桜の心霊写真」
一応親友である榊の笑い顔に、俺は心の底からため息をついた。
伊織桜を桜の木の下で撮ってはいけない。
心霊写真になってしまうから。
友人が「ほら」とこちらに向けた画面には、さっき撮った俺の写真。
その頭の上から、ピースをした右手が生えていた。
もう一度、心の底からため息をつく。
「あ、これってお祓いとかしといたほうがいいやつ? 私のスマホ、呪われたりしない?」
「なにそれうける、スマホが呪われんの?」
「普通写真に写ったほうじゃね?」
人を花見の余興にしておいて、失礼極まりない。
「あー、平気平気。桜には何も起こんないから」
その根源である榊がひらひらと手を振った。
「起こるのは撮ってバカにしてるほう」
飄々と言ってのけて、その場の空気を凍らせる。
ここまでが、こいつの定番だ。
固まり戸惑う友人らが俺のほうをちらちらと見る。
だから花見は嫌なんだ。卒業記念にとか言って無理矢理連れてこられなきゃ、誰かと桜を見るなんてしたくない。
桜はかけがえのないものを与え、奪ってゆく。
満開に咲いて、すべて散ってゆく。
だから桜は好きじゃない。
たったひとつを除いて。
「消せば大丈夫だろ。そもそもピースしてんだし、害はねえよ」
俺がそう言うと、榊以外は軒並みほっとした顔を見せた。口々にごめんとか悪かったとか言う。榊はそれを見てへらへら笑ってた。こいつの歪んだ情はほんとキモい。
「だってさ、みんな桜のことノリ悪いとかイケメンだけど怖いとか悪口言うから」
案の定、お開きになった帰り道で、榊はそんなことを言い出した。
「それを俺に伝えるお前が相変わらず気持ち悪い」
「桜は桜の木の下にいるだけで美しいのに」
「マジで黙れよ」
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