夢見草うたかた

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 横目で睨むと、わかったわかったとようやく悪ふざけが終わった。そもそも友人といってもクラスメイトというよりは若干つきあいがある程度の花見に俺を呼ぶこいつの神経がわからない。  そしてそんな奴と結局ずっと一緒にいる俺もどうかと思う。  が、こいつがいなければ、今の俺もいなかったかもしれない。 「今年もうち来るんでしょ? 開けとくから勝手に入っていいよ」  榊のその言葉に、俺は無言でうなずき返した。  今日は一年で一度、桜を嫌いになる日だ。  日も暮れ始める夕刻。  これを黄昏どきと言うのだと教えてくれたのは、榊だった。  たそがれ。誰そ彼。  光が減り、あたりがぼんやりとするとき。そのとき、世界は曖昧になる。  榊の家である古い神社の奥にある小さな門を抜けた先、老木として鎮座する桜に風が吹いた。 『よ、桜。一年ぶり』 「お前な、ピースなんかすんじゃねえよ」 『うわー、挨拶もせずにいきなりそれですか。ちょっとどうかと思うなあ、お姉さんは』 「いつまで年上ぶってんだよ。もう同い年だろ」  しだれ桜の下、イチコは今年も浮いていた。俺の言葉にぶーと口を尖らせてから笑う。 『ほんと、ついに追いつかれたかあ』  心霊写真の元凶、幽霊。  六年前に死んだイチコとは命日である今日だけ、ここで話すことができる。  それを伝えてくれたのが、同じ中学でこの神社の家の息子、榊だった。 「追いつかれたか、じゃねえよ。ほんと毎回毎回写真に写りやがって」  初めてイチコが写ったのは彼女が死んだ次の春、小学校の卒業式に撮った写真だった。 『いやだって桜の木の下だったら一緒に撮れるんだもん』  そのときは普通に心霊写真だった。俺の左肩の上に手が乗っていて、その後ろにぼんやりと顔が写っていた。 「何が撮れるんだもんだよ」 『文句言うからホラー感は消してるでしょ』 「だからって頭の上からピースはねえだろピースは」  みんなが騒ぐ中、そのにまっと笑った口元に俺はイチコを思いだし、初めてここで再会したときに文句を言ったのは確かだ。それ以来、彼女なりに努力はしているらしい。あるときは弾けんばかりの笑顔、あるときは両手でハートマーク。逆にそれが怖いと噂になり、いつしか桜が咲いている場所では俺を誰も撮らなくなった。
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