60分前:弁護士セキグチは、少々のことでは驚かない

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60分前:弁護士セキグチは、少々のことでは驚かない

弁護士の仕事はシンプルだ。法律の知見を生かして、依頼人の利益になるように努力する。その為に法律知識を高め、相手側の主張と論理を上回る技術を積み重ねる。その事で、黒を白に変えることもできれば、濃い灰色くらいにしか変えられない時もある。 依頼の中には「この人の力になれれば」と心から共感する相手もいるし、「なんで、この会社の罪を軽くする為に力を使わなければならないのか」と思うような時もある。でも、どんな時でも依頼人の利益を第一に行動するのが私たちの仕事。だから初対面の時は、それなりに緊張する。 女優・咲田はるの事は勿論知っていた。 娘や妻は、彼女がテレビに出てくると割と好意的な印象を語り、それは結構珍しいことだった。 嘘のない人なんだろうなという事とは、なんとなく伝わってきた。職業柄、その人がどんなタイプの人間であるかは大体わかる。そして、事務所の社長とマネージャーから聞く彼女の人物像。 「最初は驚かれるかもしれないですが、根はいい子なんです」という言葉と、週刊誌のスクープに至る経緯も聞いていた。 想定外ではなかった。でも想像以上ではあったかもしれない。 咲田さんは私に対して、聞いてきた。 「先生、何とか謝らずに済む方法はありませんか?」 「ん、これは謝罪会見ですよね。あなたも謝罪の練習をしていたじゃないですか」 「いやあれは謝罪ではありません。ただの挨拶です。挨拶くらいは私だってしますよ。でも謝りたくないんです。謝らずに、この場を切り抜けたいんですよ。だって言うじゃないですか。アメリカだと事故の時に思わずアイム・ソーリーって言ったら、100パー裁判で負けるって」 「それは今ではそうでもないんですが・・・、じゃぁ咲田さんの要望は、何とか謝らずに切り抜けたいと」 私はマネージャーの山村さんを見る。山村さんは静かに首を振っている。振り続けている。 なるほど。私の依頼主は咲田さんの事務所であるけれど、事務所と咲田さんの希望は微妙に、というかかなり食い違っている、と。 こういう場合、肝心なのはすぐに判断を決めてしまわずに、まずは相手の話をよく聞いてみること。私は咲田さんに向き直る。 「咲田さん、私はあなたと2人で会見場に立つことになります。私はあなたの役に立ちたいと考えています。そこは理解してください。ですので、今回の会見の理想のイメージを教えてください。そこから始めましょう」 「私のイメージですか」 咲田さんは少し眉をひそめて目線を落とした。さすが女優さんだ。こういった表情は本当に美しいし、様になる。と、顔をあげ私を見つめる。50代の私でもすこしドキッとするような真っ直ぐな視線。 「なんか聞いたことがあるんですけど・・・、凄いビル火災が起きた時なんかに、ダイナマイトを爆破させることで一気に炎上が鎮まるっていう。そういうイメージですね」 そこまで真剣な表情で話して、少しだけ笑みを浮かべる。 「無理っすかね?」 本当に面白い女性だな。もう少し聞いてみよう。 「無理かどうかは、これから考えるとして・・・。そもそも咲田さんがこの会見に出席しようと思われた理由を教えてください。事態を丸く収めようとはあまり考えていないご様子ですし」 脇にいる山村さんは、不安そうな表情を隠さない。事態がどっちに転がるのか。それは不安ですよね。 「理由ですか。や、丸く収めたくないわけでもないです。事務所にもお世話になってるし・・・。でも、そうだな、理由か。それは考えなかったけど、確かに理由があるかもしれないです。さすが先生、自白させるのがうまいですね」 自白させるのは、弁護士の役割じゃないですけどね。でも私はもう少し待つ。 「そう、私は知りたいことがあるのかもしれないです」 咲田さんはそう言った。きっと演技をすることもうまい人なんだろうけど、その言葉には嘘は無いように、私には思えた。
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