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3時間前:首都高速の助手席で女優サキタはごねている。
午後の首都高速は渋滞していた。
余裕を持って事務所を出たものの、外苑を過ぎたあたりから流れはどんどん悪くなり、私は一般道を選んだ方が良かったかと後悔し始めていた。
「こういう時はスタート地点に戻った方がいいと思うんだけどさ」
後部座席からサキタさんが話し始めた。
「やっぱり、どうにも納得できないんだよね。私は本当に謝らないといけないのかな。何か悪いこと、したのかな私」
サキタさんは28歳の女優で、私は35歳のマネージャー。
15時から開かれる記者会見で、サキタさんは不倫疑惑について謝罪することになっていて、私たちは事務所の車で会場のホテルに向かっている。
「それについては、昨日っていうかずーっと、話し合ってきたじゃないですか。で、社長の説得にサキタさんもわかったって」
不倫疑惑、というかそれは疑惑ではなく、サキタさんはドラマで共演した既婚の俳優ヨシダと関係を持ち、週刊誌の砲撃にあった。そして今、謝罪会見を行うホテルに向かって車を走らせている。
普通タレントは後部座席に乗るが、サキタさんは「なんか偉そうで嫌だ」と、いつも助手席に座る。そういうところは好感が持てる。思ったことをはっきり言うところも、こういう局面でなければ長所と考えてもいい。でも、正直この問題に対しては、勘弁してほしい。
「だってさ、私とヨシダがやってたドラマは、不倫でも純愛かみたいな話だったわけじゃない?それで、そのドラマを結構みんな楽しんでたわけでしょう?だったらその主人公がリアルに付き合ってたら、喜んでくれたっていいんじゃない?」
私は助手席のサキタさんに向き直る。
「サキタさん。無理があるって自分でわかってますよね」
「危ないな、ヤマムラ君。事故起こしたらどうすんのよ。炎上した女優の車が炎上したら・・・。それはそれで笑えるか」
サラサラの長い髪にホワイトソックスのベースボールキャップ、そしてアスリートがするような鋭角のサングラス。それは不倫現場を直撃された時と同じ変装で、きっとサキタはわざとやっている。
「謝らないと騒ぎは収まらないし、広告とかも降ろされちゃうかもしれない、だっけ?」
「そうです」
「でもさぁ正直謝ったところで、結果は変わらないんじゃない?騒ぎは収まらないし、広告は降ろされるよ、遅かれ早かれ」
「そこはサキタさんの謝り方次第ですよ。大衆は風向きが変われば、180度変わるもんです」
「私さぁ、知り合いの俳優とかの恋バナを結構知ってるんだけど、それを会見で暴露したら風向き変わるかな」
「サキタさん」
「なに?」
「そんなことしたら、あなたも事務所も終わりです。100パー終わりです」
ちょっといかれた所のある女性だとは思っていたけれど、これほどまでとは知らなかった。
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