逃走

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逃走

思い描いていた人気絶頂のアイドルの座を手に入れた、それなのに何かを無くしたような寂寥感! 仕事が終わって部屋に着いた途端、胸が締め付けられる様に苦しかった。 息が詰まり身体が震え、気がつけば涙が溢れ出していた。 誰かに強く抱きしめてもらいたい、そばに居て欲しい、何も言わず何も聞かず、ただそばに居てくれるだけでいい、そんな人が欲しかった! 広く豪華なマンションは憧れだった、手に入れた時は幸せだった。 だが今は広すぎる部屋が怖かった、どこにいても落ち着かない! 座っても寝ても、他人の部屋に居るような違和感に押しつぶされるような気がした! 気がつけば部屋を出て暗い道を歩いていた、引っ越して3ヶ月始めてマンションの周辺が住宅街だと知った。 これまで、地下駐車場から迎えの車に乗り、仕事が終われば車で送られて部屋までエレベーターで向かう! マンションの周辺に何があるのか、どんな場所に住んでいるのかさえ知らなかった。 休みの日も部屋から一歩も出る事はなく、誰にも会わないように、見つからないように息を潜めるように過ごした。 誰もいない暗い住宅街をあてもなく歩いた。 何処かへ行きたかったわけでもなく、ただあの部屋から逃げ出したかった。 今自分がどこを歩いているのか、もはやマンションの場所さえ分からなくなっていた。 周りの家はどれも大きな家ばかりで、鉄の門扉は固く閉ざされていた。 庭は広大で部屋の灯りすら見えない、ぽつりぽつり立つ街灯の灯りだけがぼんやりと道を照らしていた。 スマートフォンも財布も持って来なかった、ポケットにあるのは部屋の鍵だけだった。 自分の居場所はあのマンションの部屋だけ・・・・・他に行く場所など無いと思い知らされた。 部屋を飛び出してどれくらい経ったのかすら分からない、たとえ帰らなくても明日の昼までは探す人も気にする人もいない。 ポツリと冷たい雫が顔に落ちた。 雨だった・・・・・雨をやり過ごす場所など何処にも無く、髪も身体もびしょ濡れでトボトボと俯いたまま歩いた。 冷たい雨と温かな涙が頬を伝い、寒さで身体が震えた。 涙の理由は寂しさなのか、胸が張り裂けそうなほどの悲しみで胸がいっぱいになった。 その時突然雨が止んだ! 見上げた先には大きな傘があった。
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